第30話
春夏冬君が入店してから二か月近くが経った。
エリナから「うなぎちゃんは普通の男の子」と聞いてから一か月経つのに、結局私は何も伝えることが出来ず、今まで通りうなぎちゃんとして出勤してもらっていた。
この一か月間、働いている彼の姿を改めてよくよく観察してみた結果、仕草や振る舞いに天性の女性っぽさがあるにはあるけど、不自然な部分もたくさんあることに気付いた。
なんであんなに板に付いているのかは謎だけど、よくよく見れば確かに本能的な行為じゃない。
エリナの言う通り、彼は普通の男性だ。
なんで今まで気付かなかったんだろう。
サークルの合同練習でなんとなく観察していた時に、そっちの子だと思い込んでしまったこと。
その後店がピンチになり、あの子に可能性を感じてしまったこと。
入店してすぐに人気のキャストになったこと。
それらが合わさって、私が望む春夏冬君を描いたまま、思考停止に陥っていたのかもしれない。
そんな春夏冬君が『輝』で働いてくれている理由。
それは、私への恋愛感情。
これはもう、疑う余地はないと思う。
そうでなければ、彼の今までの行動一つ一つに対する説明がつかない。
私に好意を持ってくれていることは気付いていたけど、それは女性として、友情としてのものだと思っていた。
でもそれが違うとすれば、それは恋愛感情ということになる。
そうだと気付いたのだから、本来ならすぐにでも事情を話して謝罪して、償いをしなければならない。一刻も早くそうしないと。
しかしそう思いながら、ズルズルと一カ月が経ってしまった。
私は、春夏冬君に素直に謝罪することで、多くのものを失ってしまうことに恐怖を感じていた。
店を維持していくことが再び困難な状況になること。春夏冬君を深く傷つけてしまうこと。そんな春夏冬君の姿を見て、自分の罪深さを改めて思い知らされること。
そして……春夏冬君とはもう二度と、普通に喋れなくなってしまうであろうこと。
それらを恐れて、自分勝手な現状維持を続けてしまっている。
春夏冬君を観察し続けたこの一か月間、私には大きな心境の変化があった。
率直に言うと……。
春夏冬君のことを好きになってしまった。
私は、容姿で人を好きになるタイプじゃない。
元々、エリナに対しても「本当の男の子だったらな」と思った事さえある。
エリナは、見た目こそぽっちゃりで個性的な顔をしているけど、価値観はバッチリ合うし、話も合うし、何をしていても楽しくて、こんなに気の合う彼氏がいたらいいな、と思っていた。
まだエリナのことを普通の男の子だと思っていた時は、恋人同士として「凛夏!」「渚!」と呼び合う姿を想像し、そんな光景に憧れたこともある。
春夏冬君と話していると、楽しいし、面白いし、なぜか心が落ち着く。
エリナ同様、凄く気が合うのだと思う。
エリナとの違いは、春夏冬君は普通の男の子だということ。
そんな春夏冬君が、私のために、耐え難いはずの精神的苦痛に耐えながら、必死で接客してくれている。
そういう目線で春夏冬君を見続けたこの一か月間、ひたすら健気に頑張ってくれているその姿に、今まで感じたことのない愛しさが湧き溢れてきた。
迷いなく言える。
私は、春夏冬君が好き。
恋愛感情として、間違いなく好き。
エリナは、時々意味ありげに私をじっと見つめるけど、何も言わない。
多分、どう判断してどうケジメをつけるかは自分で決めなさい、ということなんだと思う。
当然のことだ。
エリナ以外のキャストのみんなも、薄々気付いているようにも感じる。
でも……。
それでも私はこの一か月間、行動に移すことができなかった。
私は、怪物になってしまった。
いくらキャストのみんなを守るためとはいえ、恋愛感情まで芽生えている春夏冬君に対し、彼の自我を犠牲にさせた上で、無理やり成り立たせている見せかけだけの順風満帆を選択し続けている。
それが砂上の楼閣であろうと、今はそれにすがりたいという安易で醜い身勝手さで。
私は、怪物になってしまった。
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