第28話

 八月に続き、九月の売上も結局駄目だった。


 レイさんがまだ働いてくれていた七月と比べ、八月が四十%減、九月は三十五%減。

 ほんの少しマシになったけど、これくらいの数字は誤差みたいなもの。

 何か好材料があって回復したわけじゃない。


 オープン前の店内の空気も重く、厭世観えんせいかんが漂っている。


 求人も相変わらず空振り続き。

 たまにポツポツ応募があっても、条件が合わなかったり、うちの店とはカラーが違う子だったりで採用までは至らない。


 税理士さんも交えてしっかり計算してみたところ、この売上が十月・十一月・十二月とあと三ヵ月続いてしまえば、店の運転資金が底を突く。


 うちは薄利でやっていたから、内部留保も少なく、大幅な落ち込みが数か月続くだけで一気にピンチに陥ってしまう。


 銀行に追加融資をお願いできればいいけど、今のこの経営状況じゃ追加融資はまず無理で、むしろ今借りている分の早期返済を迫られる可能性があると税理士さんから言われた。


 もう、八方塞がりだ。すべては私の経営能力の無さ、見通しの甘さが原因。今までは、所詮運が良かっただけなんだ。


 でも、泣き言を言っていてもしょうがない。


 今日が十月八日の火曜日。

 タイムリミットはあと三カ月弱。


 とにかく動かないと。

 もう手段は選んでいられない。


 こういう時、いつもある一つの考えが浮かんでしまう。


 それは、春夏冬君のこと。

 彼なら、お願いしたらやってくれそうな上、きっと人気も出る。

 下手したらレイさんを超えるくらいに。


 でも……でも……。



*****



 翌日の大学構内。


 私の心とは正反対の抜けるような青空の中、また春夏冬君を探し出して声を掛け、前回のケーキバイキングへと誘った。


 さすがにいつものように明るく誘うことはできず、なんだかモジモジしてしまった。

 変な風に思われたかな。


 でも、前回同様快諾してくれて安心した。




 私は再び決意した。

 今度こそは、必ず春夏冬君を勧誘する、と。

 前回のように中途半端な形で諦めないことを固く誓いながら。


 移動中は努めて明るく振る舞ったんだけど、もちろん心中穏やかじゃなかった。


 これから私は、どす黒いルール違反をしようとしている。

 ただ私の身勝手な目的を叶える為だけのルール違反を。


 もう春夏冬君は、口を利いてくれなくなるかもしれない。

 なんで勝手に見破って、その上さらに勝手な頼み事なんてしてくるんだ、って。


 いつも素直で一生懸命で、ちょっと変わったところがあるけどそれもかわいくて面白くて、エリナ以来の親友になれるかもって思ってた春夏冬君と、もう喋れなくなってしまうかもしれない。


 それでも……。それでも私はもう……引き下がれない……。




 ケーキもそこそこに、何度も躊躇ちゅうちょしながら、ようやくお店で働いてほしいことを伝えることができた。


 春夏冬君は、「人ってこんなに驚けるんだ」っていうくらい驚いた顔をしていた。


 そして、誇張じゃなく、本当に十秒くらい固まっていた。

 人ってこんなに固まれるんだ、っていうくらい。


 でも、それは当然だと思う。


 自らカミングアウトをしたわけでもないのに、いきなり女の子の心を持っていることを見抜かれて、その上さらに、そういうお店で働いてくれっていうスカウトを受けているんだから。

 逆の立場なら、私だって固まる。


 私は覚悟した。怒鳴られることを。


 食べかけのケーキを投げつけられたって文句は言えない。

 何をされても自業自得。


 そう思いながら、春夏冬君を勧誘した経緯について淡々と説明していった。


 すると彼から出てきた答えは……。


「やらせてください」


 思わず抱きつきそうになった。


 一言も私を責めることなく、短く快諾の意志だけを伝えるなんて。


 こんなこと言ったら嫌がられるだろうけど、すごく男らしいって思っちゃった。



*****



 掟破りな私の依頼に応えてくれた春夏冬君は、早速翌日から働きに来てくれた。


 もしかしたら、春夏冬君も楽しみにしてくれていたのかもしれない。


 以前エリナも、


「カミングアウトできないのは、受け入れられなかった時の怖さがあるから。受け入れられていることが前提なら、かなり気楽なものよ」


 と言っていた。


 源氏名は、『うなぎちゃん』で決まった。

 本人の口からパッと出てきたので、もしかしたらこういうシチュエーションを想像したことがあったのかもしれない。


 ビジュアル担当としてはもう少し華麗な名前の方がいいかなと思ったけど、源氏名は本人の思い入れが大事だからそれを尊重した。


 この瞬間から、私も『春夏冬君』ではなく『うなぎちゃん』と呼ぶようにした。




 今日は初出勤ということで、接客には手こずっているように見えたけど、その働いている姿は概ね楽しそう。


 幸いにも、今日のお客さんはマナーの良い人が多かったことも大きかったのかも。


 マナーの悪さで一、二を争う馬場さんも今日はいないし。


 あの人、深酒するとセクハラ度合がひどくなるから本当は出禁にしたいけど、金払いはいいからなかなか踏み切れない。この苦しい経営状況の時には尚更。


 うなぎちゃんと一緒に財政状況を立て直して、余裕が出てきたら、キャストの補充やサービスの充実にしっかりお金をかけよう。

 嫌なお客さんはしっかりお断りできるようにしよう。


 今までの経営ミスをバネにしっかり頑張らないといけない。


 「順調に店が回ってるんだからそれでいいや」じゃ駄目なんだ。


 順調な時こそ、ピンチに備えないと。これが経営の基本なんだ。

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