第27話

 約束通り七月三十一日付けでレイさんが店を辞め、それから一か月が経った八月三十一日。


 八月の結果は正直ボロボロで、売上減は予想以上だった。


 わかってはいたけど、改めてレイさんの集客力と貢献度の凄さを知った。


 前月比で四十%もの売上ダウン。

 もしこれが続けば、年内には店の経営が立ち行かなくなる。


 キャストさんたちも騒ぎ始めていた。

 このままでは店が潰れるのではないか、と。

 エリナも、すごく心配していた。


 すべて私の責任だ。

 エースであるレイさんに甘え切ってしまっていた。


 キャストの中でも群を抜いて綺麗で、指名数もダントツ。


 気立てもよくてみんなからの信頼も厚い。


 私が悩んでる時にはすぐに気づいてくれて、「どうしました?」と声を掛けてくれる。


 そんなレイさんを、何の根拠もなくいつまでも居てくれる人だと思い込んでしまっていた。

 経営者失格だ。


 もちろん、レイさんの抜けた穴を埋めるべく、イベントの趣向を凝らしたり、常連さんたちへの営業に力を入れたりはしたものの、あまり効果はなかった。


 むしろ、イベントにかけた費用が利益を圧迫するなんていう悪循環まで発生してしまうことも。


 とはいえ、何もしないとこのまま潰れてしまう。

 この店を潰すわけにはいかない。

 キャストのみんなを守り抜かないと。それが、店を始めた者の責任。


 自らカミングアウトしていない春夏冬君を店に勧誘するのはルール違反。

 それは充分に理解しているつもりではあったものの、夏休み中、レインボーとの合同練習で春夏冬君を見るたびに心が揺れ動いた。


 短髪にしてるからわかりづらいけど、あの子がロングのカツラを被ってしっかりお化粧すれば、きっと可愛くなる。

 あの地味めな女顔は、化粧映えに持って来いの顔。


 そして、普通の人じゃわからないような小さい動きだけど、時折見せる艶やかな仕草。

 顔だけじゃなく、あの動きも解放すれば、きっと人気のキャストになれるはず。


 夏休みの間、悩みに悩み抜いた結果、意を決して春夏冬君を勧誘することにした。


 ルール違反なのは百も承知。それでも私は、お店を救える可能性がそこにあるなら、どんなそしりも甘んじて受ける覚悟で行動を起こすことに決めた。


 それに、もし春夏冬君が自分の性に悩み、居場所を求めているとしたら、お互いにとってプラスになる話でもあるし。我ながら都合のいい考えだけど。


 自分が嫌いになりそう。

 貧すれば鈍する、なんて言うけど、今の私がまさにその状態なのかもしれない。


 もちろんだけど、春夏冬君がお店で働くことに少しでも乗り気じゃないなら、すぐに諦める。


 どんなに鈍しようとも、そこだけは絶対に守らないといけない。



*****



 夏休みが終わり、後期が始まった九月二十四日。

 早速、学校終わりに春夏冬君を食事に誘ってみることにした。


 場所はケーキバイキング。

 食事とはちょっと違うかもしれないけど、女の子でああいう場所が嫌いな人はあんまりいないはずだから。

 私も大好きだし。


 レインボーの子たちに春夏冬君がいそうな場所を聞きながら大学構内を探し回ること二十分、校門の方に向かっている姿を発見した。


 早速声を掛けて誘ってみると、返事はOKだった。


 自惚うぬぼれかもしれないけど、おそらく来てくれるとは思っていた。


 なんとなく、春夏冬君がいつも私の事を気に掛けてくれていることは伝わっていたから。


 この感覚は、エリナの時に経験済み。

 私は、そういう人たちと気が合うことが多いのかもしれない。




 移動中も、ケーキを食べている時も、会話している時も、念のために春夏冬君のことをじっくりと観察してみたけど、やっぱり間違いない。


 この仕草、反応、振る舞い。


 普通の人じゃわからないと思うけど、私にはわかる。


 ケーキバイキング中の会話でも、「意図的に彼女を作らなかった」と本人が言っていたし。


 その後も、もしかしたら乗ってきてくれるかと思って、他愛もない話の中で「芸能界でもニューハーフタレントは地位を確立している」なんて話をしてみたけど、これは不発だった。


 頑張って隠そうとしているのかな。

 まだカミングアウトはしたくないのかもしれない。


 そう考えている可能性がある人をニューハーフのお店に誘うことについてはかなり引っ掛かったけど、いつまでも迷っていても仕方がないと割り切り、ついに私は話を切り出す決意を固めた。


 ……でも、駄目だった。


 何度も何度も、切り出そうと思って春夏冬君の目を見るんだけど、結局言えなくて、黙ってしまって、結果的にはただ春夏冬君を見つめるだけになっちゃう、なんてことを繰り返しただけ。


 挙動不審でおかしな女、なんて思われたかもしれない。


 そう、やっぱり言えない。

 こんなの反則だ。


 本人が頑張って隠そうとしていることを、私が勝手に見破って、それを伝えて、その上で自分の都合で店に勧誘するなんて。


 自分が犯しそうになった過ちに対して大いに反省し、大いに落ち込んだ。


 帰る方向が一緒だったから、途中まで同じ電車に乗っていたんだけど、申し訳なさ過ぎてまともに会話することができなかった。


 私の降りる駅が近づいてきた頃に、春夏冬君が心配そうに私を見ていることに気付いて慌てていつもの私を取り繕った。


 電車を降りた後は、彼が見えなくなるまで、私はずっと手を振っていた。


 彼が見えなくなっても、しばらく手を振り続けていた。

 まるで、自分の身勝手な願望を振り払うように。

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