第25話
こうしてなんとか無事にお店を始めることができて、その後四苦八苦しながらも、大学三年生の六月を迎えた今この時まで、なんとか続けてこられた。
ちなみに、大学のみんなはこの事を知らない。
何か深い理由があって内緒にしているわけじゃないんだけど、あえて言うなら、色眼鏡で見られたり、興味本位で色々質問されるのが面倒っていうのが理由かな。
大学生活と店の経営っていう二刀流生活は辛かったけど、エリナのためでもあったし、他のキャストさんたちの生活もあるから、潰すわけにはいかなかった。
だけど……。
今の私は大ピンチに陥っている。シャレにならないくらいの。
今日の仕事開始前、『輝』でダントツの人気ナンバーワンである
言い回しや雰囲気から、店を辞めたいという相談であることは容易に想像できた。
レイさんは、店の売り上げの多くに絡んでいる凄腕。
レイさんに抜けられてしまうのは、店の経営が傾くレベルの損失。
詳しい話は、今日の仕事が終わった後にすることになっている。
もし可能なら、なんとか引き留めたい。
「もう気付かれていると思うけど……。私、『輝』を辞めたいと思っています」
閉店後、キャストも全員帰宅した早朝の控え室。
レイさんと二人で膝を突き合わせていた。
話の内容は、やはり店を辞めたいという話だった。
私は、声が上擦らないように気を付けながらゆっくりとした口調で理由を尋ねた。
「それは……何ででしょうか? 待遇面の問題であれば、検討させ――」
「そういうんじゃないんです。私、昼の仕事をしようと思っていまして」
「昼の……仕事……?」
「ええ。実はここで働きながら、ずっと医療事務の資格の勉強をしてたんです。それで数か月前にやっと合格できて。でも、私が抜けたらこのお店がどうなるかっていうことが気になって、なかなか切り出せなかったんです。だけど医療事務の勉強はずっと頑張ってきたことだし、やっぱり辞めさせてもらおうと思いまして」
「医療事務……」
「私ももう二十八ですし、将来のことを考えると昼の仕事で頑張りたいなと思いまして。凛夏ちゃんにはすごくお世話になってきたのに、こんなことを言うのは忍びないんですけど……」
「いえ! レイさんがご自分の将来のために頑張ってきたことですし、それは全然気にしないでください」
「凛夏ちゃん……」
本当は、不安で心臓がキューっとなっていた。
レイさんがいなくなって、この店の経営が成り立つのだろうか。
そんな不安に押しつぶされそうになった。
でも、真剣に将来を考えて下したであろうレイさんの決断を、私の勝手な都合で軽んじるわけにはいかない。
レイさんにはレイさんの人生があるんだ。
「今日が六月十六日ですよね。私も、無責任に今すぐ辞めるということはしません。キャストの補充も必要でしょうし。ですから、七月末までは働こうと思ってます」
「ありがとうございますレイさん。本当に助かります」
「でも……申し訳ないんですけど、七月末を絶対の区切りとしてください。実は八月からは昼職が決まってまして」
「あ、もう……決まってるんですね」
「ええ。親類のコネなんですけど、私の今の職業にも理解を示してくれた病院がありまして、そこで働くことになってます」
「お、おめでとうございます」
もっと笑顔で言わなくちゃいけないのに、もう絶対にレイさんを引き留めることができないと知った私は、顔が引きつってしまった。
「本当にごめんなさい、凛夏ちゃん。七コも年下なあなただけど、本当に凄い人だと思ってます。ノーマルなのに、親友の為にこういう店を開いて、二年も経営を続けてきたんだから……」
レイさんの温かい言葉に、思わず胸が熱くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます