第2章【もつれる葛藤】

第24話

 秋山あきやま凛夏りんか

 二十一歳、駒川大学三年生。

 テニスサークル『アルファ』に所属。

 彼氏なし。


 これだけ聞くと、ごくありふれた普通の学生っていう印象だと思う。でも、私にはごく親しい人しか知らない、特別な秘密がある。


 それは、新宿でニューハーフスナックを経営しているっていうこと。



*****



 店を始めたのは、約二年前の、大学一年生の夏休みの終わり頃。


 きっかけは、高校時代の男友達、というか大親友である斎藤渚さいとうなぎさ君。

 高一で同じクラスになり、すぐに意気投合した。


 見た目も喋り方も普通の男子なんだけど、まるで同性と喋っているような錯覚に何度も陥ってしまう不思議な人だった。


 とにかく価値観が合って、好きなマンガも映画もテレビ番組もほぼ一緒。

 女友達もいたけど、それよりも渚君と話している方が断然楽しかった。


 そんな渚君が、高二の時、私にだけカミングアウトしてくれた。

 実は中身は女の子なの、と。


 少し驚いたけど、驚き以上に、腑に落ちる部分がたくさんありすぎて「ああ~、だからか~!」と言ってしまい、その直後に「しまった!」と思ったけど、彼、いや、改め彼女はケラケラ笑ってた。


 こうして私は、彼女の本当の姿を知る唯一の人間となった。


 それからは、休日のたびに彼女とばかり遊んだ。

 だって、他の友達と遊ぶよりも断然楽しかったから。


 今までは渚君って呼んでたんだけど、男としての名前だからいつも少しだけ恥ずかしそうにしてた。


「女の子でも渚っていう名前の子がいるんだからいいじゃん」


 私はそう言ったんだけど、そういう問題じゃないんだって。


 男として付けられた名前である以上、渚という名前には愛着が持てないし、呼ばれるのが恥ずかしい、と。


 そんな理由から、学校以外では別の名前で呼ぶことにした。


 どんな名前がいいのって聞いたら、『エリナ』だって。

 もし女の子の名前を名乗れるなら、ずっと名乗りたいと思っていた名前みたい。


 でも渚君はちょっとぽっちゃりしてる上に、おしりも大きくて、エリナ顔の要素がなかったから、思わず、


「エリナって顔じゃないなぁ」


 って言ったら、ちょっとだけむくれてたっけ。ひどーいって言いながら。


 こういう経緯で、学校以外では渚君のことをエリナって呼ぶことになったんだけど、実はちょっと寂しいなって思ってた。


 「学校以外では」なんていうけど、高二になってからはクラスが別々だったから学校で会うことはほとんどなくて、渚君って呼べる機会が無くなっちゃったから。

 渚っていう名前の響き、好きだったのになぁ。




 二人で遊ぶ時は、大体カラオケか映画かカフェ巡り。変わったところで言うと、『仲間探しゲーム』っていうのがあったっけ。


 これは、新宿駅のホームとか改札とかの人通りが多い場所で、一緒にシェイクとかジュースを飲みながら、エリナが仲間を探すっていうゲーム。


 エリナが言うには、そのケのある人っていうのは、ちょっとした仕草や振る舞いに特徴があるんだそう。


「あの人そうね。あ、そこのベンチで雑誌読んでる人、あの人も多分そう」


 そんな感じでズバズバ指摘してた。


 新宿っていう場所柄もあるって言ってたけど、それにしてもそんなに多いんだ、ってびっくりしちゃった。


 確認したわけじゃないから、エリナが言っていることが合っているかはわからないんだけど、本人は「九十五%以上正解しているはず」って豪語してた。

 そんなに自信を持って見抜けるものなんだって驚いたっけ。


 でもおかげで、私まで詳しくなっちゃった。


 見るべきポイントっていうのが勝手に身に付いちゃって、エリナがいない時でも、


「あ、多分あの人ってそうなんだろうなぁ」


 なんて、気付いたら一人で仲間探しゲームをしてたり。


 ……って、私の場合は仲間探しになってないんだけど。


 しかもその精度は日に日に高まっていって、高校を卒業する頃にはエリナから「凛夏はもう免許皆伝よ!」って言われた。

 あの時は、喜んでいいのかどうかわからなくて、ただただ苦笑いしてたなぁ。


 でもエリナは、卒業が近づくにつれて、


「高校を出たら働くつもりなんだけど、どこで働くにしても本当の性を隠しながら生きるのは辛いし、それがこの先も死ぬまで続くなんて考えたら倒れそうになる」


 みたいな、将来への不安をよく口にするようになっていった。


 時には震えながら、時には泣きながら、自分は今後どうなっていくのかっていうことについて思い悩んでいた。


 そんな姿を見続けてきた私は、ついに一大決心!


「一番の親友がこんなに悩んでいるのに、何もしないで自分だけ普通に進学するなんてできない! 私がニューハーフのお店を経営して、エリナの居場所を作ろう!」


 これが、お店を始めた理由。




 無事大学に受かった私は、エリナと一緒にそれぞれの両親に必死で頼み込んで借金したり、親戚の伝手で紹介してもらった地元の銀行から融資を受けたり、キャストとして働いてくれる人を集めたりして、大学一年生の夏休み終わりになんとか店をオープンすることができた。


 店の名前は『かがやき』。「性に彷徨う人間が放つ輝きで、お客様の心を照らしたい」っていう願いを込めて名付けた。


 エリナは性に彷徨ってなんかいないから、本当はそんなこと思ってないけど、こういうキャッチーな響きって重要だしね。

 いわゆる政治ってやつ。ホンネとタテマエは別っていう。


 店がオープンした時のエリナの顔ったらなかったな。

 私がエリナのために店を作るって言った時、顔をクシャクシャにして泣いて喜んでくれてたけど、その時以上にクシャクシャだった。


「ありがとうっ……本当にありがとうっ……ございますっ……」


 親友のくせに、敬語まで使ってお礼を言うものだからちょっと頭にきて、


「泣きすぎ! ただでさえあんまり可愛くないのに、それ以上おかしなことにならないでよね」


 なんて意地悪しちゃった。


 「なによ~!」って言いながら、大きいお尻を押し付けてくる触尻エリナの必殺技が生まれたのは、この時だったっけ。

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