第22話
『輝』に入店してから二ヵ月近くが経過。
出勤前の控え室で、一人思い悩んでいた。
今後どうしていこうかと。
「辞めたい……。でも辞めたら凛夏さんが……」
そんな思いが胸に去来する綱渡りな精神状態ではあったが、なんとかここまでギリギリ続けることができた。
これだけ経てば、いい加減慣れてきそうなものだけれど、実際は全然慣れてなどいなかった。
少しはマシになったものの、やはり精神的にまだまだきつい。
男の僕が、可愛いだのセクシーだの言われて、それに対して女っぽく振る舞いながら「ありがとう~♪」なんて言わなきゃいけないのだから。まさに生き地獄だ。
僕の神経は、この二ヵ月弱で少しずつ少しずつすり減らされていった。
凛夏さんの笑顔を見るたびに、すり減らされた神経が少しだけ元に戻ったけど、店に出ると倍の勢いですり減らされる。
もう、本当に無理かもしれない。
もったとしても、あと数週間ってところか。
こうなった以上、覚悟を決めるしかないかもしれない。
店を辞める覚悟を……。
このままじゃ、本当に壊れてしまう。
でも店をやめたら、凛夏さんとの繋がりは極端に薄くなってしまうだろう。
形はどうあれ、今はほぼ毎日凛夏さんと喋ることができているのに、その環境が失われてしまうのだから。
どうせ失われるのなら、最後に凛夏さんに告白しようか。
失敗しても、なんとか今まで通りの知り合いくらいではいてくれるかもしれない。
そこからチャンスを見い出すことも……。
いや、それは甘い考えだろう。
僕に告白した後、「友達でいよう」なんて言ってくれた藤島優香ちゃんとも、結局あの後まともに言葉を交わしたことはない。
気まずくて僕からは喋りかけられないし、向こうもそんな感じだ。
実質、なんの関係もない人になってしまった。
つまり、凛夏さんへの告白が失敗すれば、僕と凛夏さんもそうなってしまう可能性が高いということだ。
何とも言えない気まずさも、もれなく付いてくる。
優香ちゃんとの件で、あの気まずさを既に味わっているだけに余計怖い。
優香ちゃんとの場合は、僕がフッた側だからまだマシなのかもしれない。
気まずさポイントを『百』として、これをフッた方とフラれた方とで振り分けるとしたら、フッた方が『二十』、フラれた方が『八十』という感じではないだろうか。
つまりフラれたら、今僕が優香ちゃんに対して味わっているものの五倍の気まずさに襲われるということだ。
とてもじゃないけど耐えられる気がしない。
ゲーム感覚で告白していた高校までとは違う。
というかその前に、凛夏さんにフラれてしまった自分を想像するだけで冷や汗が溢れ出る。
想像しただけでこれなのだから、実際フラれてしまったら、もはや自我を保てそうにない。
心が弱ってきている今は特に。
「うなぎちゃん、そろそろ出勤時間なんだけど……大丈夫……かな……?」
ああだこうだ悩んでいたら、いつの間にか出勤時間を迎えていたようで、オーナー兼支配人である凛夏さんが、僕を呼びに来た。
本当は支配人を雇いたいらしいのだけれど、お金が厳しくて無理なんだとか。
よく考えたら、そんな状況でおいそれと辞めますなんて言えない。だって僕は……。
「今日もたくさん指名が入って大変だと思うけど……。本当にごめんねうなぎちゃん……。一番人気になっちゃうと、負担も大きいよね……」
そう、僕の苦悩とは裏腹に、今や指名数ナンバーワンのキャストになっていたのだ。
今僕が辞めれば、店にとって大きな損害となってしまう。
そんなことになれば、凛夏さんの心労は如何ばかりか。
「大丈夫です! 任せてください凛夏さん!」
「うなぎ……ちゃん……」
凛夏さんの瞳が潤んでいた。
僕の言葉にそこまで感動してくれたと思うと、また元気が出てくる。
でも受けているダメージが大きすぎて、凛夏さんパワーをもってしても大きく回復することはなくなってきていた。
いよいよ、限界が近いのかもしれない。
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