第21話
入店してから、二週間近くが経った。
凛夏さんの言葉通り、二日目からはハードな客も多く、それなりに苦労した。
どうハードだったのかは身の毛がよだつので思い出したくもない。
あまりのセクハラぶりに、思わず手が出そうになることもあった。
まあ、出したところで僕の方が弱いだろうから痛い目見て終わるだけかもしれないけれど。
あ、でも向こうは僕を女性として見ているから、暴力は振るわれないのかな?
とにかく、わからないことだらけだ。
僕がそっちの人間ならば、興味を持って色々調べていたのだろうけど、純正の男である僕にとっては未知すぎる上に興味もない世界ゆえ、二週間経とうが依然理解に苦しむことばかり。
でもそんな思いとは裏腹に、
「うなぎちゃん、相変わらず評判いいよ。顔も可愛いし、仕草も色っぽくて最高だ、って」
凛夏さんは、いつも満面の笑みで褒めてくれる。
褒められている内容が内容だけにちょっと複雑だったけど、僕の力で凛夏さんを笑顔にすることができているという事実には強烈な達成感があった。
確かに、こう言っちゃなんだけど手応えはある。
お客さんたちは僕のことをうっとりしながら見てくるし、指名はどんどん増えるし。
大学に入ってから頑張って封印してきた僕本来の動きを大解放しただけなんだけど、まさかこんなに威力があるとは。
あとは、滝原さんが言った通り、僕のような地味な女顔は化粧映えしやすい、ってのも大きいと思う。
たまに、鏡を見て、「これが僕……? かわいいじゃん」と自分でびっくりするくらいだから。
ちなみにキャストは、主に『ビジュアル担当』と『トーク担当』という二タイプに分かれていた。
ハイブリッドな人もいるけど、基本的にはこの二タイプ。
僕はビジュアル担当になれたので、あまり喋りは必要なかった。
これには本当に助けられた。
僕はニューハーフじゃないから、そっち系のトークを求められても全然引き出しがなく、対応できないのだ。
だから話を振られても全然広げられなかったけど、ビジュアル担当だから、基本的にはお客さんの話をニコニコしながら聞いたり笑ったり、色っぽく相槌を打ったりするだけでもわりと成立した。
それに周りのキャストさんたちも、トークが苦手なんだろうと思ってくれたのか、積極的にフォローしてくれた。
みんないい人ばかりだ。
キャスト同士はライバルなわけだから、もっと殺伐としてるのかと思いきや、全然違った。
同じ道を通ってきた仲間、という意識があるのかもしれない。
控え室で雑談をしていると、過去の話になったりする。
それを聞く限り、みんな一度は性について深く悩み、辛い思いをしてきたようだ。
でもそれを乗り越えてここに至り、自分の居場所と仲間を見つけて楽しく生きている。素晴らしいと思う。
そしてこういう人たちは、人の痛みがわかるからなのか、すごく心が綺麗だ。
正直、最初は偏見を持っていたが、その考えがとんでもなく愚かな間違いだったことを痛感した。
さくらさん、ユミちゃん、ジルバさん、
今まで誤解していて本当に済みませんでした! 今は大好きです!
僕がこの仕事を一日でギブアップしなかったのは、もちろん凛夏さんの存在が一番大きいのだけれど、この人たちが周りにいてくれたから、っていうのもあると思う。
*****
入店してそろそろ一か月が経とうかという日に、ちょっとした事件が起きた。
毎日のように来ている五十五歳のハゲオヤジが、執拗にキスを求めてきたのだ。
軽く触ってくることなんて日常茶飯事だったけど、ここまで露骨にこられたのは初めてだった。
最初は、必死で寒気を我慢しながらほっぺたに軽くチュってしてたんだけど、どんどんハゲオヤジの要求はエスカレート。
最終的には、僕の口の中に舌を入れさせろと言い出した。
やんわりと断り続けたのだけれど、
「もう十回も指名したんだぞ! それくらいはいいだろ!」
と怒鳴り始めてしまった。
すかさず控え室から飛び出してきた触尻エリナさんが、
「なによ~! ほら、そんな子の唇なんかより、私のデカくてセクシーなおしりを触ってよ~」
と助けに入ってくれた。
エリナさんは、この件以外でも何かにつけて僕のことを気にかけ、助けてくれていた恩人だ。
でも、それで一旦場が収まったとはいえ、この出来事にはかなり心が削られた。
耐えられず、つい控え室に戻ってしまい、控え室の入り口付近でしゃがみこみ、膝に顔をうずめて泣いてしまった。自分は一体何をやっているんだろう、と。
最近は、大学も午後からしか行けていない。
だって早朝五時まで仕事なんだから、午前中の授業なんて無理だ。
改めて、凛夏さんは凄いと思う。
接客していないとはいえ、毎日ちゃんと出勤して、帰るのも僕らより遅いのに、しっかり三年生まで進級しているのだから。
うずくまり、膝に顔をうずめながらそんなことを考えていると、ふと人の気配に気付いた。
顔を上げると、そこには凛夏さんがいた。
まずい、変なところを見られてしまった。
焦って涙を拭いていると、凛夏さんが優しく喋りかけてきてくれた。
「あきな……うなぎちゃん……。見てたよ。ごめんね、辛かったよね」
「あ……あの……。済みません……。こんなことで控え室に戻ってきちゃって」
「ううん、こっちこそ。まだ働き始めて一か月も経ってないんだから、馬場さんの担当は外すべきだったね。あの人、会社やっててお金は持ってるんだけど、酔っ払うと時々行き過ぎたことを要求するんだよね。できれば出禁にしたいんだけど、いつもすごくお金を使ってくれる上客だから、なかなかそうもいかなくて……」
凛夏さんの声が震えている。
僕が泣きながら控え室に飛び込んできたせいだ。
僕が嫌な目に遭っていることに心を痛めてくれたのだろう。
これはいけないと思い、大きな声でフォローした。
「わ、わかります! 凛夏さんは間違ってないです! 店の事を考えたら、絶対そうするべきだと思います!」
「ありがとう……。本当に……本当にごめんね…………。ごめんね…………」
凛夏さんは深々と頭を下げながら、ボロボロと泣き出してしまった。
経験の浅い僕にハードな客からの指名が繰り返されたことを、本当に心苦しく思ってくれているんだと思う。
そんな凛夏さんの心遣いで、僕のメンタルは急回復した。
「それじゃあ、もう一回お店出てきますね!」
「え? あ、うなぎちゃん! あのっ……」
「はい?」
「……ううん、頑張ってね!」
一瞬、何か言いたそうだった凛夏さん。
僕にはわかった。
多分、泣いてしまうほどヘコんだのに、すぐに店に行こうとする僕を気遣ってくれたのだろう。
もう少し休ませようとか、なんなら今日は上がらせようとか。
でもお店の経営を考えると、指名が急激に増えている僕が店に出る方がありがたい。
そんな葛藤があったんだと思う。
可愛い上に、こういう気遣いも完璧な凛夏さん。
死ぬほど大好きだ。
大丈夫、メンタルは回復したから、僕、頑張れます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます