第16話
「さっきも同じようなこと言ったけどさ。私、周りに忖度しないっていうか、そういう芯のある人がすごく好きで。それでね、私、春夏冬君のそういうところ、実はたくさん見てきたんだ。春斗先輩の件だけじゃなくて、他にもたくさん」
「え……っと……」
「例えばだけど。出席だけすれば単位が取れるって評判の物理学、大勢履修してるでしょ? 私も春夏冬君も履修してるし」
「あ、ああ」
「授業の最初と最後に出席票を出せばOKなんだけど、潤平君たち三人に代返頼まれてたよね? 代わりに出しといてって」
「ああ、あの三人ね」
「その時に、『別にいいけど、それで単位は取れても授業の内容は身に付かないから意味ないんじゃねぇの?』って言ってたのを聞いたの。普通は変に空気を読んじゃって、そんなこと言えないよ。私だって、もし理不尽な代返なんて頼まれたら納得いかなくて、皮肉の一つも言いたくなるけど、そんなこと言って仲間外れにされたらどうしようとか心配しちゃうもん」
ああ、それも覚えてる。確かに言った記憶がある。
でも、単に疑問に感じたことを口にしただけだ。
その結果、彼らには例によって「お前変わってんな!」と言われたし、しかもその後「俺ら花の大学生だぞ! 楽できる授業は楽しないとな!」と、僕の質問の答えになってない言葉が返ってきて混乱してしまったし。
もちろん、言ったら仲間外れにされるとかも全く考えてなかった。
「そういう、変に忖度しない芯のある人ってなかなかいないでしょ? 一見そういう人っぽく見えても、実はニセモノだったとかもよくあるし」
ごめん優香ちゃん、僕も立派なニセモノの一員だ。
いや、僕は芯の強い男に思われようと頑張ったこともないから、ニセモノですらない。
そもそも、本当は凛夏さんが好きなのに、優香ちゃんが可愛いからというだけでこうしてほいほい食事に来る男を、芯が強い男とは言わないと思う。
多分、というか間違いなく、この子は僕の多くを、というかすべてを勘違いしている。
おそらく、今までの僕の大学生活の中から、見ようによっては良く見えてしまう場面を切り貼りすれば、優香ちゃんが言っているような人物に見えなくもないのだろう。
優香ちゃんは、奇跡的にそんなシーンばかりを目にしてきたのだと思われる。
まるで上手に編集された動画のように。
「だから、あの……もしよかったらでいいんだけど……私と付き合ってもらえたら……嬉しいなって……」
本当に告白されてしまった!
どうしよう。ここは誤解を解きにいくべきか。
それとも、何食わぬ顔で告白を真正面から受け止めるべきか。
そんなもの、答えは決まっている。
結果オーライだ。
過程はどうであれ、今こうして告白されていることに間違いはない。
であれば、それに乗っかることの何が悪い。
昔の軍師だって、城攻めの時に自分の計略が予想外の方向に進んで、「あれ? 思ってたのと違うぞ……?」となったとしても、敵が勘違いして逃げ出し、結果的に城が空いたとしたら、堂々とその空いた城を奪うはずだ。
「これは私の思い描いた計略とは違う! よって城はいらん!」なんて言うわけがない。
それと同じだ。
勘違いだろうがなんだろうが、ここで優香ちゃんという城を手に入れても、何ら問題はないはず。
よし、あとは僕が首を縦に振るだけだ。
それだけで、サークル内でもトップクラスの人気女子である優香ちゃんと付き合える。
可愛い彼女を作るという宿願がやっと叶うのだ。
そう、ついに……ついに僕にも彼女ができるのだ!
さぁ、言うぞ。
カッコつけて、俺についてこい、とか言ってしまおうか。
いや、ここでそんな冒険はいらない。
普通でいいのだ。
普通に「俺でよければ」と言うんだ。
確かそんなセリフを恋愛マンガで見たような気がする。
うん、これで決まりだ。
よし、言うぞ。
「ごめん! 俺……優香ちゃんとは付き合えない」
自分で自分に驚いた。
気付くと、頭で考えていたこととまるで逆のことを口走っていた。
驚いたけれど、次の瞬間には妙に納得できていた。
その理由はもちろん、凛夏さんだ。
告白を受けている最中、消そう消そうと頑張ったのに、凛夏さんの顔がずっと頭の中に浮かんでいた。
最終的に頭の中からは消すことに成功したものの、どうやら心の中からは消せなかったようだ。
頭と心ってのは、それぞれ独立して機能しているものなのかもしれない。
僕は、心の底から凛夏さんのことを好きになっているんだな。
「やっぱり……そうだよね。うん、わかってた。サークルと学部が同じっていうだけで、会えばちょっとは喋るっていう程度の関係なのに、いきなり告白なんて……。こんな非常識な女、嫌だよね……」
「あの、いや、そういうことじゃなくて……」
「いいの! 大丈夫! 頑張ってフォローしようとしなくていいから! 今日は一緒にご飯を食べてくれて本当にありがとう! あ、お会計は、さっきお手洗いに行った時に済ませておいたから心配しないで! じゃあね! また明日から普通の友達でいようね!」
まるで自分を鼓舞するかのような元気な声でそう言った優香ちゃんは、荷物を持って立ち上がり、出入口の方へ走っていった。
悲しいのか、腹立たしいのか、いっそ笑ってしまいたいのか。
そんな複雑な表情をしながら、目に涙をたくさん溜めていたのが印象に残った。
それにしても、あの泣き方って……。
僕もフラれて泣いたことはあるけど、それはただ告白に失敗したことが悔しくて泣いていただけ。
でも優香ちゃんのあの泣き方は、よくはわからないけど、なんとなく、そんな単純なものではないように思えた。
今の凛夏さんへの想いとは違い、以前までの僕の告白はただのゲーム感覚だったのだと思う。
軽く泣いたこともあったけど、それはゲームに敗れて悔しいという程度の涙だ。
でも優香ちゃんは違うのかもしれない。
どういう気持ちで泣いていたのかまではよくわからないけど、すごく嫌な気分にさせてしまったことは間違いないと思う。
多分、真剣に僕の事を想ってくれていたのだろう。
僕が凛夏さんのことを真剣に想っているように。
今日の僕は、安易な気持ちでここへきて、受けた告白をゲーム感覚で捉えてしまっていた。
一人の女の子を泣かせてしまったことに対しての申し訳なさが、心の奥底からとめどなく溢れ、体中に充満した。
一口残っているハンバーグが、どうしても食べられない。
これが、胸がいっぱいになるっていうことか。
初めての経験だ。こんなに苦しいものなのか。
本当にごめん、優香ちゃん。
真剣に想っている相手にフラれると、あんなに顔を歪めて辛そうな顔で泣くことになるのだということを初めて知った。
いつかはしたいと考えていた凛夏さんへの告白だけど、当分できそうにない。
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