第15話
駒川大学の最寄り駅から歩いて三分くらいのところにある、
洋食屋なのに、やたら和のテイストが強い名前だ。
それにしても、こんな高そうな店に連れてこられたのは意外だった。
この店、駅から近いので何度か店の前を通ったことはあるけれど、入ったことはない。
店頭に置かれている、煌びやかにデコレーションされた黒板の一行目に『ハンバーグステーキ定食:二,八〇〇円(税別)』と記されているのを見た時から、視界に入れるべき店じゃないと判断して無視し続けていた。
そんな異次元の数字を見せられて、興味など湧くはずがない。学生街だぞここは。
大体、なんでいちいち『ステーキ』とつけるんだ? 普通のハンバーグよりも、少しでも良さそうなものに思わせるため? ビールのことを『おビール』と言ったりするようなものだろうか。
「どうしたの? ボーっとして」
まずい、一人で思考が暴走して黙り込んでしまう悪い癖が出てしまった。
僕は慌てて目の前のハンバーグを、いや、ハンバーグステーキを食べ始めた。
「ご、ごめん! いや、この店雰囲気いいなぁ~、って思ってさ。うん、やっぱり美味い! 美味いなこのハンバーグ! じゃなかった、ハンバーグステーキ!」
「そう、よかった」
「でも……オゴってくれるって話だったけど、この店ってなるとちょっと申し訳ねぇよ……。俺も出すよ」
「いいって。それじゃお礼にならないでしょ?」
「でも、ノート貸しただけだぜ?」
男らしい言葉遣いも、我ながらだいぶ板についてきた。
「本当にいいの。実はね、私の家って結構なお金持ちなんだ。だから、ここだけの話だけど……私、仕送りとして月に三十万円もらってるんだ」
「さ、三十万? 月給じゃん!」
「あ、家賃は別でね」
「三十万プラス家賃? ボーナスじゃん!」
「そ! 全然余裕なんだ。だから気にしないでオゴられて」
「そっか。素直にオゴられれば優香ちゃんの願望を叶えられるんだもんな。うん、じゃあオゴってもらうかな」
「はははっ! 前から思ってたけど、春夏冬君ってさ、すっごいポジティブ思考だよね?」
「うん、まあね。ポジティブってのと、変わってるっていうのはよく言われるかな」
「わかる! 春夏冬君って変わってるよね。そもそも呼ばれ方だって、サークルのみんなは下の名前なのに、春夏冬君だけ名字だもんね。私も名字で呼んじゃってるし」
「ただ珍しい名字だからってだけだろ」
「ははははっ! やっぱり、自分だけ距離取られてる、とかって考えたりはしないんだね? さすが!」
「へ? 思わないだろそりゃ。一人だけ名字で呼ばれてるってくらいでさ」
「やっぱりなんか、みんなと雰囲気が違うよね、春夏冬君って。サークルでも授業でも、大体一人でいるし」
「……」
言われてみれば、僕は一人でいることが多い。
特別それをおかしいことだとも寂しいとも思わないからそうしていただけで、何か理由があるわけでもないため、どう答えていいかわからず、つい無表情のまま沈黙してしまった。
「あ、変な意味で言ってるんじゃないよ。逆に、凄いと思ってるんだ。意志を持って群れてないというか。多分、人とは違うオーラがあるから、みんなも寄ってこないんだと思う」
そう言いながら、ハンバーグステーキをナイフとフォークでカットする優香ちゃん。
実はずっと気になっていた。
なんで僕と同じものを頼むのだろう。
家じゃないのだから、二人で同じものを食べるなんて変じゃないか?
せっかくの外食感が台無しな気がしてしまう。
そう思って、
「外食なんだから、俺と違うやつを頼めばよかったのに」
って言おうと思ったけれど、また変わってるだ何だと言われるのが面倒でやめておいた。
大学に入ってからは、変わり者扱いされたくないという思いから、こうやって呑み込むようになった言葉が多い。
それでも結局、今の優香ちゃんの言葉を聞く限り、ある程度変わり者扱いされてしまっているのかもしれないけれど。
「私ね、個性的な人っていうのにすごく興味があるんだ。春夏冬君って誰にも媚びてなくて、言いにくいことでも平気で言えちゃうタイプでしょ? そういうところが凄いなぁっていつも思ってたんだ」
「え……? そ、そうか……?」
全然心当たりがない。そんなに人が言いにくい事を言っていたりしたのだろうか。
「一昨日も学食で、アルファの春斗先輩がはしゃいでてうるさかった時あったでしょ? みんなも迷惑そうにしてて。背は低いのにやたら声が大きいからね、あの人。でも春夏冬君、そんな春斗先輩に近付いていって『やっぱり春斗先輩ってどこにいても目立ちますよね! 背が高い人たちより全然目立っててかっこいいです!』なんて皮肉ったでしょ? それで春斗先輩、黙っちゃったもんね! あんなの、普通は言えないよ! 凄いなと思っちゃった」
いや、あれは、春斗先輩が目立ちたがってるんだろうなと思ったから、良かれと思っておだてに行ったつもりだったんだけど。
でも確かに春斗先輩、睨んでたっけ。
「あのさぁ……」
そう言って優香ちゃんは、急にナイフとフォークを皿の上に置いた。
その後、窓の外を黙って眺めていた。
それにしても優香ちゃん、全然ハンバーグステーキが減っていない。僕はもう食べ終わりそうなのに。
「本当は、食べ終わってから言おうって思ってたんだけど、多分これ、食べきれないや」
「ん? なんで……?」
「ちょっと……胸がいっぱいでさ」
「え……?」
さすがにわかってきた。男女交際の経験はないけど、恋愛モノのマンガはたくさん読んできたおかげで、察しがついてしまった。
これって、やっぱり……。
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