第12話

 夏休み中も、第一土曜と第三土曜はアルファとの合同練習が行われた。


 もちろん僕はフル出席。

 これを生きがいにしているのだから当然だ。


 だって、合同練習中は相変わらず凛夏さんが僕に話しかけてくれるのだから。


「テニス、だいぶ上手くなってきたじゃん! その調子!」


「春夏冬君の家って練馬区なんだ? 私は中野区だから隣りだね」


「春夏冬君ってお酒飲めないんだぁ? 私もお酒って苦手なんだよね」


 酒に関しては、苦手というよりまだ飲んじゃいけない年齢だから、と伝えたら、凛夏さんはいつものように屈託なく笑っていた。その笑顔に、また癒された。


 練習中、相変わらず僕は凛夏さんばかりを見ている。それはもう、凝視に近いレベルで。

 もちろんそれがバレないように、高校時代に培った、首は固定したままで眼球の力をフル活用する、というテクニックを駆使しての凝視だ。


 そして、常に絆創膏と消毒液と包帯が入った小袋をジャージのポケットに入れている。もし凛夏さんが転んだりしたら、そこに真っ先に駆けつけるのは僕でありたい。愛する凛夏さんを全力で守りたいのだ。


 夏休み中、一度だけ転んだシーンに直面したことがあったが、もちろん誰よりも早く駆けつけることができた。眼球を巧みに操るという高度なスキルがモノを言ったのだろう。




 正直、高校までの僕なら、もうこの時点で凛夏さんに告白していたと思う。

 好きだと思うともう止まらないから。


 でもなぜか、凛夏さんにはすぐに告白できなかった。

 それが何故なのかわからなかったから、自分なりにじっくり考えてみた。


 振り返ってみると、今まで好きになった子は、どこかゲーム感覚だったのかもしれない。可愛いと思った子と付き合えたらクリア、みたいな。

 好きになる基準もほぼ顔のみで、性格は添える程度の要素だった。


 でも、凛夏さんは違う。


 もちろん顔が好みだったことが起点ではあるけれど、喋りかけてもらえると気持ちがフワっとするし、何かにつけて優しいし、会話を交わしているとひたすら楽しいし、顔や姿を眺めているだけでうっとりするし。

 最後の要素は、結局容姿に惹かれたっていうことになるのかもしれないけれど。


 そういえば、昔はよくこんなふうにイジられたっけ。


「お前、名字が『あきない』なのに、すぐに飽きていろんな奴に告白してんじゃん」


 でも、今は違う。僕は、本当に、心の底から凛夏さんが好きなんだ。

 いや、好きという言葉では収まらない、愛しているんだ。


 凛夏さんと付き合えるなら、今後、大好きな歴史に触れるのを禁止と言われても全く迷いなく了承する。

 その上、大好物のハンバーグと豚生姜焼きを封じられてもいい。


 さらに、インスタントラーメンすらも封じたって……。


 いや、でも、インスタントラーメンは最強の心のデトックス……。


 違う、全然いい。あの凛夏さんと付き合えるなら、何を失おうとも全く惜しくない!


 つまり、それだけ本気だからこそ、迂闊に告白できないのだ。


 告白して失敗したら、今までのように凛夏さんと喋れなくなってしまうかもしれない。

 凛夏さんと喋れない世界などという、砂を噛むような日々に身を投じる勇気はない。


 告白に関する成功体験がない僕には、失敗するイメージしか湧かず、そう簡単に告白に踏み切ることができないのだ。


ここまで告白に関して慎重になったのは、生まれて初めての事だった。



*****



「あーきなーい君! 今日って何か予定ある?」


 八月の頭から九月下旬まで続いた長い長い夏休みが終わり、再び大学へ通う生活が始まった初日。

 五限目が終わった後にぼけーっとキャンパス内を歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。


 振り向くと……なんと、あの凛夏さんだった。


「り、凛夏さんっ……?」


「あれ? この後に用事とかあったりする?」


「えっ? あ、きょ、今日ですか? 全然! 全く忙しくないです! びっくりするぐらい忙しくないです!」


「ホント? 良かった~」


 もしやこの流れは……デートか? デートに誘ってもらえるのか?

 ここまできて、実は、旅行するから飼ってる猫をしばらく預かって欲しい、とかはやめてくれ。


「あのさ、ケーキバイキングに付き合ってくれない? 亜希子と行く予定だったんだけど、急用が入っちゃったみたいで」


 想像していた範囲にあったセリフの中でも最上位のものが飛び出してきたことで、激しく胸が高鳴った。


「も、もちろん行きます! 甘いもの大好きです! ありがとうございます!」


「うふふふ。凄いテンション高いね。やっぱり甘い物好きなんだね。そうだと思ったんだ。じゃあ、今から行こ!」


 凛夏さんは、僕の右手首を掴んで歩き出し、大学の校門方向へ向かったっぽい。


 「っぽい」というのは、もう僕には周りがよく見えていないから。

 全神経が、右手首に集中してしまっていた。


 一生懸命状況を把握しようとするのだけれど、まるで神経が右手首から離れていくのを拒否しているかのように、一点集中の姿勢を崩さない。


 僕は、状況把握を諦めた。

 今は、果報者の右手首に集まっている神経を好きにさせてやろうと思う。

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