第11話

 大学生活が始まって三ヵ月ちょっとが経った、六月の第三土曜日。例の、アルファとの合同練習の日だ。


 僕はいつも通り万全の状態で参加し、気持ちよく汗を流していた。




 ここまでの大学生活では、きっちり作戦通りに男らしく振る舞うことができていた。


 おかげでサークルでも学部でも、うなぎだのオカマだのと言ってくる人は誰もいなかった。

 今までのイジられキャラとは明確にオサラバできていたのだ。


 これは、作戦が奏功している証左だ。なんだ、やればできるじゃないか。


 ただ、僕の一言で周囲がおかしな反応をする、ということは未だにちょいちょいあった。

 何故なのだろう。おかしなことなど言っていないのに。


 例えば、まさに今日の練習中に起こった先ほどの一幕。


 先輩である三年女子が、


「やーん、今のボールくらいだったら今まで取れてたのに~! ねぇ? 春夏冬がサークルに入った三ヵ月くらい前の私だったら取れてたよね?」


 と聞かれたので、


「そうですねぇ! あの頃はもっとスリムで動きも今より良かったから、絶対取れてたと思いますよ!」


 とフォローしたのだけれど、明らかに怒った顔をしながら睨んできて、そのまま黙ってどこかに行ってしまった。


 フォローしたのに、なんであんなにイラっとしていたのだろう。意味がわからない。


 そういった苦難もあったけれど、そんなことなど軽く吹き飛ばすくらいに嬉しいこの合同練習があったので、この三か月間は僕の人生の中で一番楽しい期間だった。


 月に二回も、小学校の時の遠足の十倍以上ワクワクしてしまうアルファとの合同練習があるからだ。


 想像してみてほしい。

 小学校の時に毎月二回の遠足が用意されていたと仮定した時のワクワク感を。


 夢のようじゃないだろうか。

 その夢の中に、今僕はいるのだ。


 しかもしかも!

 なんと僕は、凛夏さんからちょいちょい声を掛けてもらえていたのだ。


「春夏冬君は私が勧誘したようなものだから、サークルを辞めないでね」


「春夏冬君、そのパーカー似合ってるよ」


「春夏冬君って面白いよね~」


 練習中に、隙を見ては話しかけに来てくれて、僕が喋ることに対して楽しそうに笑ってくれる。幸せの極致だ。


 もちろん、話しかけてもらえることに浮かれて情報収集を怠る、なんてことはしていない。


 より親密になるためには、凛夏さんについてもっと詳しく知る必要がある。

 会話の間隙を縫って、さりげなく個人情報を聞き出していったところ、色々なことを知ることができた。


 テニスは大学に入ってから始めた。


 サークルでは亜希子先輩と麻衣先輩と友梨佳先輩の三人と特に仲が良い。


 練習終わりに開かれる飲み会に参加することはほとんどない。


 バイト先は新宿。


 猫を飼っている。


 椎茸が苦手。


 そしてそして……彼氏はいない。

 最重要懸念事項が最高の形で解決したことに、思わず武者震いしてしまった。


 凛夏さんが現在フリー。この情報を得ることができた日の帰り道、僕は初めてノンアルコールビールを買って、家で一人で乾杯した。




 それにしても、今日の凛夏さんも相変わらず美しい。

 二時間の練習のうち、まだ半分以上時間が残っているけれど、もう既に三回も凛夏さんと言葉を交わすことができている。

 このペースでいくと、自己最高記録の六回を抜くかもしれない。


「おい春夏冬! いつまでも休んでないで、そろそろお前もコートの中に入れ!」


 フェンスに寄りかかりながら凛夏さんの動きを追うことに集中していたところ、春斗先輩に注意されてしまった。


 背の低さと反比例したその大きな声にビクっとなりつつ、慌ててコートの中に入り、練習に参加した。


 結局この日は、後半からガクンと失速して二回しか喋ることができず、自己最高記録を更新することではできなかった。

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