第7話

 入学式が終わり、白亜の壁で覆われた建物の外に出ると、式の前とは全く別の光景が広がっていた。


 入学式前は、式に参加する新入生しかいなかった。

 しかし式が終わって外に出ると、建物の先にある通路に、派手な色のパーカーやウインドブレーカーを着込み、看板やチラシを持ってこちらを凝視している男女が豊漁時のイワシのごとく溢れていた。


 なるほど、これがサークルへの勧誘というやつか。ネットで調べてきたから知っている。


 僕が得た情報によると、先輩たちは新入生の顔やスタイルを見て勧誘するかどうかを決めるらしい。

 カッコいい男子や可愛い女子には先輩たちが群がり、そうでない男女はスルーされるという悲しい現実がある、みたいなことが書いてあるブログを読んだ。


 よし、これは願ってもない機会だ。


 僕は中学の時、客観的に見て自分が何点くらいの顔か知りたくて、「僕って顔だけでいうと何点?」とクラス中に聞いて回ったことがあった。

 でも、みんなやたら笑うだけで全然答えてくれなかった。「なんだよそれ!」とか「よくそんなこと聞いてくるな!」とか「大丈夫、お前は百二十点!」とか言って。


 顔の点数が高いほど、恋が実る可能性だって上がるはず。だから、自分に彼女ができる可能性がどれくらいかを測る指標が欲しくて、顔だけなら何点くらいなのかを知りたかっただけなのに、普通そこまで笑うだろうか。全く意味がわからなかった。


 なんにせよ、あの時の疑問がここで解決されるのだ。


 よし、今隣りにいるこの男子を基準としよう。


 うーん、そうだな、僕から見たら彼は六十点ってところだ。身長は僕と同じ百七十センチちょいくらいで、顔は普通よりちょっといいかな、って感じ。

 この彼より少しでも多く、僕に先輩たちが群がってくれば、最低でも僕は六十五点とか七十点くらいの容姿ということになる。


 よし、クネクネしたりせずに男らしく、堂々とあの人波に突入してやる。入学前の春休み中に猛特訓した成果を発揮するんだ。いざ勝負、名も知らぬ君よ!




 結論からいくと、よくわからなかった。


 とにかく、先輩たちの勢いが物凄い。人波に入った瞬間ワッと人が押し寄せ、誰が誰を勧誘しているんだかわからないような混乱状態。


 最初は名も知らぬ彼の状況を見守っていたものの、僕にもそれなりの数の勧誘がきたおかげで見失った。確認できたのは短い間だったけれど、彼も同じような数の勧誘を受けていたように見えたので五分五分といったところか。


 それにしても良かった。わざわざオシャレ美容院で髪を切ってもらったり、アパレルショップに何度も足を運んだりした甲斐があった。

 服とか髪型も加味されての事とはいえ、六十点の彼と五分五分の集客ということは、僕のルックスは最低でも六十点くらいはあるということが証明されたのだから。


 それくらいの点数があれば、今までのようにナヨナヨしてるとかクネクネしてるとか言われなければ、彼女を作ることも現実的だ。


 そんなワクワク感に包まれながら、勧誘についてはやんわり断り続けた。チラシだけは一応もらっていたが。勢いでサークルを決めてしまって、後で後悔するという事態は避けたかったからだ。


「はい、そこの君、ストーップ!」


 そろそろ勧誘ゾーンも終わりかなというあたりで、不意に右横の方からそんな声が聞こえてきたので視線をやると、ご多分にもれず派手なウインドブレーカーを着ている男子二人女子二人の四人組がいた。


「僕……あ、俺ですか?」


「そう、君だよ君! ちょっとこっち来てよ!」


 四人組は、重なり合うように僕の肩を抱き、半強制的に通路の端っこの方にあったブースへと連行した。


 振りほどこうと思えばできたけど、僕の肩を抱いているうちの一人の顔を見た瞬間、従順な子羊のようになってしまった。ストライク中のストライクな顔をした女子だったのだ。

 小柄でスリムな体型、それでいて出るところはしっかり出ていて、目は大きくて童顔、そして、黒髪のショートカットという髪型がこの人のためにあるんじゃないかっていうほどに似合っていて。


 体中に電流が走るような衝撃、なんていうありきたりな言葉を使ってしまうくらい、えげつないほどの好みの可愛さにしびれた。


 惚れっぽい自覚はあるけれど、今度は違う。今度こそ本物の一目惚れだと確信した。好きになるたびにそう思っていたような気もするけど、今度の今度こそ本当だ。……と思う。


「はい、ちょっとここ座って!」


 派手なニット帽に襟足からのぞく金髪、それにピアスにネックレス。『チャラい』で調べたら、図解で『こういうことである』と載っていそうなこの先輩から、サークル勧誘用の席と思しき場所に座らされた。

 あとこの先輩、背の順で並んだ時にいつも一番前だったんだろうな、ってくらいに低い身長なのだが、びっくりするくらい声が大きかった。


「俺、春斗はるとって言うんだ! こいつが雄介ゆうすけ! で、こっちが凛夏りんかでこっちが亜希子あきこね!」


 ナイスだ、ビッグボイス春斗先輩。あなたのおかげで早速名前を知ることができた。


 僕のどストライクを貫いてきた女性の名前、凛夏さんっていうのか。というか、また『りんか』だ。名前を知ってますます好きになってしまった。やっぱり僕は、この名前の響きに弱いらしい。


「テニス、興味あるよね? やっぱり大学っていったらテニスっしょ! うちのテニスサークル、『レインボー』っていう名前なんだけど、カッコいい奴も可愛い子も多いし、面白い奴もたくさんいるんだよ! 絶対楽しいよ! 入らない?」


「絶対入ります」


 思わず食い気味に答えてしまった。

 あまりに早く力強い返答に、ビッグボイス先輩はやや戸惑っていた。


「あ……あ、そう! よかった! あ、そうだそうだ。この入会届の紙に名前とか学部とか書いてくれる?」


「あ、はい」


 言われるがまま、出された紙に必要事項を書いていった。


「へぇ! 春夏冬って書いて『あきない』って読むんだ~。珍しい名字だねぇ」


 不意に凛夏さんが反応してくれた。


「なるほど、春夏秋冬の秋がないから『あきない』かぁ。面白いねぇ。あ、私、秋山っていう名字なんだ。私の季節だけないんだねぇ」


 なんたる神展開。名前に続き名字までゲットしてしまった。生まれて初めて、春夏冬という名字が役に立った。難読ゆえに面倒なことが多かったけれど、まさか春夏冬家に生まれたことを感謝する時が来ようとは。数少ない、親への感謝の瞬間だった。


 記入が終わると、ビッグボイス春斗先輩が僕の入会届をブースの奥の方にいた地味そうな男の人に渡していた。


 その後、一週間後に行なわれる新歓コンパの時間や場所についての説明を受けてから解放された。


 本当はもっと滞在して、可能な限り凛夏さんの顔を盗み見したかったけど、まあいい。これからはサークルで嫌でも会うのだから。


 まずは一週間後の新歓コンパだ。楽しみで仕方がない。

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