第5話
「ナンパとかうざいし、春夏冬君がいてくれてよかった」
翌日、十一時頃に千葉の
どうやら麗華ちゃんたち四人の会話を聞いていると、今回の海遊びは女同士で楽しくやりたい、だからナンパとかうざい、でも男の僕がいればナンパしてくる男もいないだろう、ということで呼ばれたらしい。
ナンパの弾除けとして呼ばれたことに少し複雑な気分になったものの、もし僕がいなければナンパされてしまい、そこにたまたま麗華ちゃんや瑠璃ちゃんの好みの男がいて、どちらにも彼氏ができてしまう、という最悪のシナリオが回避されただけでもよかったと考えることにした。
四人とも水着は着ておらず、砂浜に敷いたレジャーシートに座ってお菓子やジュースを堪能しながら、夏休み中の出来事について話していた。
相変わらず話にはあまり入れなかったし、話を聞いていると、四人でディズニーランドに行った話や、泊まりで大阪にあるユニバーサルスタジオジャパンへ行った話などで盛り上がっているところを見て、そこにも呼んでくれればいいのにと少し歯がゆかった。でも、余計なことは言わないと決めていたので口にはしなかった。
四人が楽しそうに話している間、僕の視線はほぼほぼ瑠璃ちゃんに固定されていた。
かわいい上に天真爛漫で無邪気、そして話も面白い。一学期をともに過ごす中で、どんどん瑠璃ちゃんに夢中になっていった。もともと、美人系よりもかわいい系が好きだったし。
とある放課後、たまたま二人になった時に、思い切って恋の話をしたこともあったけど、瑠璃ちゃんは今のところ好きな男はいないらしい。今は女友達と遊んでるのが一番楽しい、ということだった。
今日も、いつも通り楽しそうに話し、楽しそうに笑っている。他の三人は基本的にずっと女の子同士で喋っているけど、瑠璃ちゃんだけは合間合間に、「うなぎ君は夏休みどこに行ったの?」「その帽子、かわいいね」と話しかけてくれた。
もっと仲良くなってからにしようかなと迷ったけれど、僕の気持ちはもう限界。瑠璃ちゃんかわいい。瑠璃ちゃん最高。瑠璃ちゃんのためなら、百万円くらいまでの借金なら連帯保証できる。瑠璃ちゃんの顔を見ながら、ずっとそんなことを考えていた。
それから四日後の夏休み最終日。いよいよ我慢できなくなり、瑠璃ちゃんを呼び出して告白することにした。
事前に下調べしておいた、千葉県市川市にある瑠璃ちゃんの家から程近い公園を指定し、「午後六時に来て欲しい」と伝え、二人で待ち合わせた。
そして、待ち合わせ場所に来てくれた瑠璃ちゃんに、思いの丈をぶつけた。
「瑠璃ちゃん……あの……いきなりこんなこと言うとびっくりすると思うんだけど……。僕、やっぱり女の子が好きみたい! というか、瑠璃ちゃんのおかげで自分がちゃんとした男だってことを自覚できたんだ! だから……よければ付き合ってください! お願いします! 最初はお試しでもいいので!」
すごい緊張したけれど、事前に何度も練習したおかげで噛むことなく告白できた。
他の三人と比べて、瑠璃ちゃんとはこれまでそれなりの信頼関係を築くことができたつもり。
ビートルズが好きだって聞いたから、有名どころの歌を覚えて、学校の休み時間に瑠璃ちゃんの前で歌ってみたりしたし、瑠璃ちゃんが好きだって言っていた高級スイーツをプレゼントしたこともあった。
それ以外にも、瑠璃ちゃんが気に入ってくれそうなことは何でもやってきた。中学時代までと比べれば、比較的自信のある告白だった。
お試しでもいいので、と最後に付け加えたのもミソ。
まずは受け入れやすい小さな要求に応じてもらい、徐々に大きな要求を了承してもらう『フット・イン・ザ・ドア』という交渉テクニックだ。ここまでやれば万全だろう。
ところが瑠璃ちゃんの答えは、まさかの「ごめんなさい」だった。
思わず「え?」って聞き返したけど、やっぱり答えは「ごめんなさい」。
最後の粘りとして「お試しでも?」って言ってみたけど、頑なまでに答えは「ごめんなさい」。最後のごめんなさいは、若干食い気味だった。
今まで幾度となく味わってきた、フラれた時のこのショック。いや、ショックの度合は今までよりも一層ひどいかもしれない。女子グループの一員として行動する、という奇策まで用いた結果がこれなのだから。
こうして僕の計略は、脆くも崩れ去った。
もちろん夜は、インスタントラーメンを食べまくった。『みそ』を二袋、『塩とんこつ』を一袋。おかげで気持ちはスッキリしたけど、代償として胃の方はスッキリとは対極の状態になった。
結局、高校生活で彼女を作るチャンスはこれで
瑠璃ちゃんがグループの誰かに話したらしく、それがクラス中、果ては学年中まで広まり、僕の存在はある意味で有名になってしまったのだ。
「男子が、男子か女子かわからない存在として女子グループに加わり、その男子がグループ内の女子に告白した」
こんなややこしくて奇異な話が、
おかげで夏休みが明けてしばらくしてから、
「うなぎちゃん、随分トリッキーなことするね~」
「うなぎ~、彼女作るのは諦めて、彼氏作ったらどうだ?」
「誰でもいいからキスしてぇ~って、さっきゴリ山が叫んでたぜ」
こんな声掛けを頻繁にもらうようになった。
ゴリラ似で巨漢の調子乗りである
渾身の計略が失敗したことにより、僕の残りの高校生活のほとんどは、中学時代と大差ない愛されイジられキャラを全うすることになってしまった。そう、あくまでイジられキャラだ。
ちなみに高二の五月頃、瑠璃ちゃんが工藤君と付き合い始めたという話を耳にした。
なるほど、さすがは野球部のエースだった男。入学当初から目を付けていたことをあの時僕にひた隠し、一年かけてコツコツと何らかの作戦を練り、やっと成就させたわけだ。敵ながら天晴だと褒めておこうと思う。きっと彼も、歴史上の軍師が好きに違いない。
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