第4話

「えっとぉ……。どうしたのうなぎ君……?」


 麗華ちゃんが戸惑っている。至極真っ当な反応だと思う。僕だって、工藤君と一緒にいる時に、女子が男のフリをしながら「おう、仲間に入れてくれよ」って来たら、全く同じ反応をすると思う。


 でも、僕は慌てない。相手がどう反応するかについては、あらゆるパターンを想定してきた。相手がどう動いてきても対応できるようにする。兵法の基本だ。


「あ、いきなりごめんね。あの、僕、昔から女っぽいって言われ続けてきてて、自分でもどうなのかよくわからなくて……。それで、とりあえず麗華ちゃんたちと仲良くなってみたいと思って……。よかったら、グループに入れてもらえたら嬉しいんだけど、どうかな?」


 軽く嘘をついてしまっていることが心苦しいけれど、グループに入れて欲しいのも、仲良くなりたいのも本当だ。三分の二くらいは本当のことを言っているという事実を免罪符に、罪悪感を咀嚼そしゃくして呑み込んだ。


「あぁ……。うん、まあ、別に大丈夫だけど……」


 歴然とした動揺を見せながらも、麗華ちゃんはなんとか受け入れてくれた。他の三人も、麗華がそう言うなら……みたいな流れでなし崩し的に了承してくれている雰囲気。


「ありがとう! いきなり入ってきちゃってごめんね。あ、そういえば、三国志でいうと誰が好きとかある?」


 グループ加入一発目ということで何か喋らないとと気持ちがはやり、ここは無難に、みんな大好き三国志の話題を出したのだけれど、四人ともキョトンとしたままこちらを眺めている。どうやらお気に召さなかったようだ。



*****



 無事に一学期が終わり、夏休みもそろそろ終わろうかという八月二十六日のこと。麗華ちゃんから電話で「明日、みんなで海へ行かない?」と誘われた。いつもの四人と海へ行くから、僕も加えて五人で行こう、とのことだった。


 麗華ちゃんグループのメンバーから僕がどう思われているのか、いまいち判然としなかったため、この誘いには心が躍った。遊びに誘われたということは、少なくとも悪くは思われていないということだろう。


 実際、一学期の高校生活は概ね順調で、女子グループにいることの気恥ずかしさは多少あったものの、自分は女友達の多い男なんだと割り切ることで、ある程度恥ずかしさを希釈することができた。


 また、堂々と女子のグループにいることで市民権を得たからか、僕の事をイジってくる男子もいない、実に過ごしやすい期間だった。


 しかし、やや気掛かりなことも。


 グループのメンバーである麗華ちゃんと瑠璃ちゃん、そして未央ちゃんと麻友ちゃんとは、僕的にはそこそこ親しくなれているような気がしていたのだけれど、相手がどう思っているのかわからなくなることが度々あった。僕が何か発言すると、みんなが黙ってしまうというシチュエーションにちょいちょい出くわすのだ。


 例えば、五月にあった中間テストの結果が返ってきた時。麻友ちゃんが数学で赤点に近い点数を取ってしまい、


「毎日勉強してたし、試験一週間前からはほとんど寝ないで勉強してたんだけど、努力が足りなかったんだね……」


 と落ち込んでいたから、


「そんなことないよ! そこまでやって駄目だったってことは、あとは持って生まれた頭の問題だと思うから、努力不足ってことはないと思うよ。麻友ちゃんは頑張ったよ!」


 って元気よく誠心誠意フォローしたのに、みんな無言になってしまった。


 僕のフォローが響いて納得してくれているようにも見えるけど、そうではないようにも見える。何も言ってくれないから答えはわからない。思えば、中学時代もこんなことが何回もあった。


 こういった、どう判断していいかわからないことが何度かあったことで、麗華ちゃんたちと僕との心の距離がどれほどのものなのか測れずにいた。


 六月に入った頃からは、もう余計なことは言わないでおこうと思い、基本的には自分からああだこうだと喋らず、徹底的に受け身でいることにした。


 今回、こうして麗華ちゃんから誘われたということは、この受け身作戦が奏功したということだろう。


 明日は麗華ちゃんたち四人と一緒に海で遊ぶ。想像するだけで楽しい。


 でも、水着はどうすればいいのだろう。堂々と男用の海パン一丁でいると、男女間を彷徨っているという設定が崩れてしまうだろうか。


 そうか、別に無理に水着を着なくてもいいんだ。普段着で行って、海に入らないようにすればいい。そもそも、海辺で僕のヒョロい体をさらすのも抵抗があるし。


 よし、これで明日の方針は決まった。あとは、麗華ちゃんと瑠璃ちゃんに気に入ってもらえるよう、ちょうどいいタイミングでジュース買ったり焼きそば買ったりできるように頑張ろう。

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