第3話

 高校生活が始まって、はや二週間。クラス中が、だいぶ打ち解けているのが見て取れた。それぞれのグループもできつつある。


 麗華ちゃんと瑠璃ちゃんは、奇跡的に同じグループを形成していた。あそこと仲良くなれば一網打尽だ。


 親友の工藤君とも、


「最初の頃から思ってたけど、春夏冬あきないって変な奴だな」


 なんて言われるほど距離が縮まった。こんなことをストレートに言ってくるってことは、それだけ気が置けない関係になれたという証拠だ。


 だけど、二限目が終わった後の休み時間に、ちょっとした事件が起こった。工藤君が、こんなことを言ってきたのだ。


「初めて見た時から思ってたんだけどさぁ、春夏冬って、うなぎみたいにやたら動きがクネクネしてるよなぁ。ってかオカマなの?」


 ドキっとした。なんでそんなにピンポイントで、うなぎというキーワードを引っ張ってこれるのかと。工藤君、ある意味すごいなと。


 この工藤君の言葉をきっかけに、五限目が終わる頃には、すでに僕の渾名が『うなぎ』でほぼほぼ統一されてしまった。後ろの席の牛田君や、左隣りの席の川原君も、まるで昔からそう呼んでいたかのような自然さで僕の事をうなぎと呼んでくる。


 工藤君が午前中に何気なく発した一言が、午後には他のクラスメートたちに波及しているという現象を目の当たりにし、工藤君の影響力の大きさをまざまざと見せつけられた。野球という花形スポーツの部活動でエースを張る人間には、何やら見えざる力が宿っているのかもしれない。




 これにて僕の高校生活は、中学時代の繰り返しになることがほぼ確定してしまった。


 ……と思ったら大間違いだ。

 舐めないで欲しい。僕は軍師だ。いや、正確には軍師ではないけれど、軍師に憧れる高校生だ。


 小学校・中学校と九年間に渡って舐め続けた辛酸を、引き続き高校でも舐めるつもりなど毛頭ない。


 一旦断ち切ったとはいえ、高校でも新規で『うなぎ』が発生してしまうなんてこともすでに想定していた。この事態への対応こそが、例の秘策なのだ。




 六限目が終わり、みんなが帰り支度をしている頃、教室の一番奥の列の一番後ろという最高の席に座っている鈴木君が、遠く離れた僕の席にわざわざ来て、


「よう、うなぎ君! 好きな男はできたかぁ?」


 早速イジってきた。


 でも、もちろん僕は慌てていない。軍師たるもの、いや、しつこいようだが軍師ではないけれど、軍師に憧れる高校生たるもの、こういう時こそ落ち着いて冷静に対処しなければならないのだ。


 僕はすかさず、普段通りややクネクネしながら、鈴木君にこう返してやった。


「うん……考え中かな」


 鈴木君は、お母さんが作った弁当を開けたら海苔で『LOVE』って書いてあった時のように引いていた。そりゃ引くだろう。非常によく理解できる。逆の立場なら僕でも引く。


 でも、これこそが僕の深い戦略なのだ。燕雀えんじゃくいずくんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんや。君のような浅薄な人間には、先を見据えた僕の深慮遠謀しんりょえんぼうなど知るべくもないだろう。


 そんな鈴木君とのやりとりを終えた後、僕はある女子グループのところへ行った。もちろん、麗華ちゃんと瑠璃ちゃんがいる四人グループだ。


 そして、満を持してこう言った。


「あの……僕もグループに入れてもらっていいかな。男子たちと話が合わなくて」


 普段通りモジモジクネクネしながら、そう告げた。これこそが秘策の始まりだ。


 秘策の内容。

 それは、僕がそっちの人間であるフリをしてさりげなく女子グループに入れてもらってから、機をうかがいつつ麗華ちゃんか瑠璃ちゃんに告白。これだった。


 僕がオカマイジりをされたことは、工藤君の影響力のおかげで既にクラス中が知っている。これを利用して、「性別的には男だけど、中身の性がどちらなのか自分でもわからない」というフリをし、うまいこと女子グループに入れてもらい、まずは女子と仲良くなる。そこで女子たちとの付き合いを重ね、絆を深め合う。


 最終的に、頃合いを見計らって、「やっぱり女の子が好きだということがわかった」ということにし、誠心誠意告白する。これが、秘策の詳細だ。


 友達として仲良くなれていれば、友情が愛情に変わる、みたいなこともありえるはず。


 僕は恋愛マンガをたくさん読むのだけれど、最初は友達のつもりだったのに気付いたら好きになっていた、というパターンを何度も見たことがある。

 ただ一点、『女性の心を持ったフリをした男』という攻めたキャラが出てきたのを見たことがないのが気掛かりだが。


 もちろん、この作戦に少なからず抵抗はある。

 女の子大好き人間である僕が、もしかしたら男に興味があるのかも、というフリをしなくてはならないのだから。


 でも、僕は必死だ。「なんとしても彼女が欲しい」と幼稚園の時から強く願い続けているのに、思春期を成果ゼロで駆け抜けそうになってしまっている現状は、心底受け入れがたいのだ。泥臭いあがきだろうとも、可愛い女の子と付き合えるようになるための努力をしたいのだ。

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