第13話 モニター
マルセルが今夜はお客様に泊まってもらった方がいいというので、レネは広間に行って納戸から布団を出した。
リュシアンの時には事前に干せたが、今回は急だったし、外も雨が降っているのでできない。
レネは雨が入ってこない左側の窓を開けて、出した布団を並べた。
両手を布団に翳し、呪文を唱えようとした時だった。
「失礼します。何かお手伝いすることはありますか、セローさん」
広間に現れたのはルメール隊長の従者のエミール・デュノワだった。
栗色の髪と目の十代半ばの少年は、隊長とリュシアンが内密の話をしているので暇を持て余しているようだ。
「うーん、こっちはいいかな。マルセルさんに聞いてみて」
「ガランさんに先に伺ったのですが、セローさんの方へと言われてこちらに来ました」
布団は出し終えたので、あとは魔術で集塵するだけなので人手を借りる程のことではない。
下唇を噛んで何か他にあるか考えた末、一つだけお願いしたいことが見つかった。
「モニターお願いできる?」
「もにたー?」
バスタオルと体洗浄用の目の荒いタオルをリネン室から出して広間に戻った。
「着替えは用意できた?」
「はい」
「じゃ、ついてきて」
エミールを連れ出し、向かった先は建物の東の端にある浴場だった。
ドアが二つ並んでおり、『1』『2』と木彫りの札がぶら下がっている。裏に返すと『使用中』と文字が彫られている。
『1』の札を裏返して、エミールを中へ促した。
「お風呂ですか?」
「そう。こっちは一番源泉のお風呂場なの。王都から来て疲れたでしょう? 一番源泉は疲労回復にもいいから」
壁に備え付けられている棚に荷物を置いて、レネは脱衣所と入浴の説明を簡単にした。
「で、お願いしたいのは入浴後なんだけど」
脱衣所にはドレッサーが置いてあり、鏡の前の台には『腕』『右足』『左足』と蓋に文字が書かれてある平たい遮光瓶がある。
「これ、試作品のボディクリームなんだけど、お風呂から上がったら、これをこの蓋に貼ってある紙の通りに塗ってほしいの」
エミールは『腕』の瓶を手に取って蓋を開けて匂いを嗅いだ。
「いい匂いです」
「本当? 良かった。後でアンケート用紙を渡すから、塗った直後と明日の朝の使用感を記入してくれるかな」
「それだけでいいんですか?」
「うん。あ、顔はこっちの化粧水を使ってね」
脇にある縦長の遮光瓶を示した。これは自宅用の『第二の水』だ。
「じゃ、よろしく。源泉に近いから湯船はスパより少し熱めだから、のぼせないようにね」
レネはお風呂場のドアを閉めた。
♧
マルセルが、リュシアンとルメールそれぞれにティーセットを配膳してすぐに応接室を出た。
「色が違うな」
ルメールは紅茶、リュシアンは薬草茶だ。
「まだ薬草茶か野草茶しか飲ませてもらえないんです」
医者には何も言われていないのに、紅茶やコーヒーはもう少し体調が回復してからだと二人に禁じられている。
理由は、こっちの方が水分補給に適しているからと。
「まあ、傷が治らないうちは素直に従っておけ。抵抗しても敵わないからな」
力ではマルセルに敵わないし、レネに手がかかると思われるのも不本意なので大人しく言うことを聞いている。
おまけに薬草茶も野草茶も美味しいので苦にはならないので有り難い。
「……何だか、顔色も肌艶も随分いいな」
「試作品のモニターをやっているんですよ。美肌の湯で清拭された後に化粧水とボディクリームを塗られてアンケート取られるんです」
毎食栄養バランスのとれた食事で、二十二時には消灯。
怪我の回復もそうだが、肌の再生の方が早いような気がしている。
「今、夜会に出たら令嬢達はお前に色目じゃなくて、こぞって嫉妬するんじゃないか?」
そう言って、首を仰け反らせて笑う。
実際、夜会で馬鹿騒ぎばかりしている令嬢より美肌であることは否定するまでもないが。
「揶揄いに来たんですか、隊長」
軽く睨むと、ルメールは笑いを収めようとするが、その反動が肩にきているのかふるふると揺れがしばらく続いた。
「すまんなあ。久し振りに眉間に皺の寄ってないお前を見たからな」
安心したのもあってつい、と片目を瞑る。
男の部下にウインクしても何の作用もしないとわかっていないようだ。
だが、心配してくれていたんだなと思うと、心の奥底からじんわりと温かいものが沸き起こり、ふと何かに流されそうになって戸惑う。
会話が止まり、二人で顔を見合わせる。
顔に出やすい人なので、隊長の表情から何か言いにくいことがあるのだと推し測れる。
「ただお見舞いに来ただけではないですよね、隊長」
ルメールは眉を下げ、相変わらず察しがいいなと呟くように言って目を逸らす。
「来週、アンリ王子のヘールホート領への視察に随行する担当者が決まる」
それはそのまま王子付きの警護を決定するということになる。
視察は一ヶ月後だ。
だが打ち合わせなどで事前に準備をしなくてはならない。
来週までにこの傷は治らない。
「私は選考落ち確定ということですね」
ルメールは重々しく頷いて答えた。
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