第2話 問題編

 それは、文化や時代の異なる、異国の地――


 大陸の端に位置するその土地は人口百人程度の集落で、独特の文化をはぐくんでいた。特に、その集落で執り行われる死者の弔いは特異で、集落の中心から住人たちが『海』と呼ぶ海水の流れに遺体を送る。穏やかな水の流れのはずなのに、遺体はたゆたうわけではなく、静かに陸から遠ざかり、やがて消える。

 死体を流すことからその『海』は『モルグ海』と呼ばれていた。


 消失した亡骸は、『モルグ海』の中心にある島に辿り着くと言われているが、『海』を渡ることは住人たちにはできず、その真実を確かめるすべはない。幸いなことに、ここ数年集落で命を落とす人間もなく、物理的にも調べることはできない。

 しかし、平穏に包まれていたはずの集落は、唐突に悲劇に見舞われる。


 集落の宗教を統治する司祭が亡くなったのだ。


 浜から『モルグ海』を隔てた島の波打ち際に、司祭の亡骸が打ち捨てられていた。遺体の首は鋭利な刃物で捌かれ、胸元には短刀が深々と突き刺さっていた。一瞥しただけで、殺害されたことは分かった。


 集落に住まう人間の動向を調べると、容疑者は三人に絞られた。


 一人は集落の長である、酋長。

 二人目は、二年前に集落に流れ着き、そのまま居座り続けている旅人。

 最後が、二回りも若い司祭の妻である。


 三人にはそれぞれ動機があった。

 酋長は集落の人間の信頼が自身ではなく司祭へと向けられていることに常々不平を漏らしていた。

 旅人は信仰の違いから集落の寄り合いに参加することも拒まれ、改宗を願っても、秘跡を授けてもらえず、憎んでいた。

 そして、妻には若い間男がおり、事件の数日前にその事実が露見し、司祭から言葉と拳で叱責を受けていた。

 三名とも、司祭がいなくなることを心の内で願っていた。そして、それが現実となった。


 三人には不在証明がなく、司祭を殺害することは誰にでもできた。だが、事件のある一点から、容疑は一人に絞られた。


 果たして、司祭を殺害した人物は誰か――?

 

   ※


「以上が問題編だ。」


 頭にあったプロットを語り終え、オレは窓際に置いたお茶で喉を湿らせる。

「何か質問?」

「まず、確認しておきたいのですが、この集落には人マネをする霊長類の動物などはいないですよね?」

 天ヶ瀬の素敵な質問に、オレの口角はつい緩んでしまう。


「残念ながら、集落にはオランウータンも黒猫も、大鴉も生息していない。犯人は三人の中にいる。」

「なるほど、」

天ヶ瀬はひとつ頷くと、唇をもごもごと動かして一人何かを呟きはじめる。その様子に、オレは内心冷や汗を垂らす。


彼女が推理を進めていく時、必ず口の中で言葉を反芻して、論理の建築物を構築していく。今もまさに、彼女の頭の中では堅牢な建物が一段一段積み重なっていっていることだろう。


「最後に、酋長と司祭の奥さんは生まれも育ちも集落ですか?」

 その問いは、すでに謎を解き明かしていることを証明しているにも等しい問いだった。

「ああ。旅人以外は集落の出身だ。」

 力なく、オレは頷く。そして、天ヶ瀬結の明るい声が上がる。


「謎は解けました。」

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