第4話 魔法のアイテム

「食べないのかよ? 怒ってんの?」


「ううん。なんだかね、お腹いっぱいじゃないのに、進まなくなっちゃった。蒼君と一緒にいるからかな? 胸がいっぱいなのかも。でも大丈夫! 元気だし、ご機嫌だから!」


 藤木は徐に立ち上がり、木のたもとで大木を見上げている。手には虫取り網。


「何してるの?」


「カブト虫、いるかな?」


「カブト虫? この時間はいないだろう、早朝じゃないと」


「そなの?」


「そうだよ。カブト虫捕まえる気かよ。それで、虫かごとか持って来たの?」


「そういうわけじゃないんだけどね」


「じゃあ、何するんだよ、それ」


「これはね、青い鳥さんに会えるかもしれない魔法のアイテムだよ」


「はぁ? なんだそれ。しかし、随分年季入ってるね、それ」


「あ! いた! いるいる! カブト虫」


 藤木は急にスイッチが入ったみたいに、木のてっぺんに向かって一所懸命網を伸ばしている。


「あー、もうちょっとなんだけど、届かない」


「どこ?」

 俺は立ち上がり、藤木の隣に並んだ。


「あそこ!!」


「え? あれ、カブト虫か?」


「カブト虫だよ。絶対そうだってば!」


「貸してみ」


 藤木はあっさり網をこちらに寄越した。


 たぶん、これの事か? これはカブト虫?


「やっぱ違うよ。木のこぶだよ。ほら」

 かさかさとこぶを撫でて見せれば、藤木も納得するだろう。


「な~んだ。がっかり」


「だから、いるわけないって言っただろ」


 なぜか大人びた微笑みを湛えて、藤木は俺の顔を見つめている。


「ん? なに? なんだよ」


「蒼君。大きくなったね」


「は?」 

 同級生にマジマジと見つめられて、そんな事言われたら、なんだか恥ずかしくなって、俺は手元に視線を落とした。


「ん? なんだこれ?」


 虫取り網の柄に、マジックで何か書いてある。


「あおい……。え? なんで俺の名前が書いてあるの?」


 変わらずほほ笑んでいる藤木。

 俺は急いで虫かごを確認した。


「とっとり……あおい?」


 更に笑みを深めて俺を見つめる藤木。


「なんで? あ、なんか思いだしたかも」


「思いだした?」


「幼稚園で一緒だった女の子。近所に住んでて……。あれ? なんでこれあげたんだっけ?」


 藤木の顔を見ると、日が差し込んだような明るい笑顔になっていた。


 もしかして……。


「いや、でも違う。藤木麻衣って名前じゃなかった。きさらぎ……まい」


「ふわぁ~、やっと思いだしてくれた? 私だよ。親が離婚して苗字が変わったの。それで引っ越したの。蒼君にさよならって言いに行った時……これをくれたんだよ。宝物だけどあげるって。私は全部覚えてるよ、蒼君」


「…………まい、ちゃん?」


 嘘だろ。こんな可愛くなってたなんて。おぼろげだが覚えてる。幼稚園で、いつも一人でぶらんこに乗っていた女の子。一緒に遊ぼうって砂場に連れて行って……


 回想

 ――(それなぁに?)


(つちのこだよ)


(つちのこってなぁに?)


(誰も見た事がない生物だよ。でも絶対にいるんだ。今度いっしょに探しにいこう)


(うん!)――


 一緒にどろんこになって、お互いの勝手な想像で、つちのこを作ったっけ。一緒に探しに行こうって言ったのに、小学校に上がる時、まいちゃんは引っ越ししてその約束は果たせなかったんだ。


「もしかして、俺に思いださせようとして――?」


「見た事ないからって、ないとは限らないんだ! 見えない物でも見ようとしたら見えるんだよ、って言ってたよね」


 エアやきもちや、エア猫はこれの伏線だったのか?


「宇宙人も未来人も絶対いるんだって力説してたよね。かわいかったなぁ、あの頃の蒼君」

 そう言えば、子供の頃は、オカルトみたいな都市伝説とか、ユーマとか大好きだったっけ。


「そ、そんな事言ってないだろ」


「はぁ~、がっかり。青い鳥までまだ遠いな。さぁ、行こう。探しに行くよ」


 お弁当を片付ける藤木。


「いや、言えよ! 気持ち悪いじゃんか。青い鳥ってなんなんだよ!」


 藤木の表情は徐々に怒った顔になり――。


「それが一番大事なんだよ! それだけでもいいから……。思いだしてよ、蒼君!」

 悲鳴じみた叫び声を上げた。


「いや、わかるわけないだろう。はっきり言えって! それとも俺みたいな陰キャ野郎をからかって面白いかよ」


「バカーーーー!!! なんでそうなっちゃったの? 大体、陰キャってなんなのよ。そうやって勝手に自分をカテゴライズして、めんどくさい事から逃げてるだけじゃない!」


「違う……」


「違わない! 陰キャだったのは私の方。蒼君は陰キャなんかじゃなかった。蒼君の周りにはいつも友達がいっぱいいて、うらやましかった。運動会のかけっこで転んで、びりっけつで泣きながら走った私を、がんばれがんばれーって応援してくれて、ゴールで待っててくれた。みんながわらってた。わらうな!って怒ってくれた。かっこよかったよ。蒼君……」


「うるせぇよ。覚えてるかよ……そんなの……」


 俺は思わず藤木に背を向けた。


 いや、覚えてる。まいちゃんは大人しくて目立たない子だったけど、俺にとっては特別な存在だった。

 突然引っ越しする事になって、いっちょ前に悲しくて、しばらくご飯も喉を通らなかったっけ。


 あ! そうだ。そしたら、見えたんだ! いないはずのまいちゃんがテーブルの向かいに座って、ちゃんと食べないと大きくならないよって。


 あれは勝手に自分で作り上げた幻だったんだけど、なんとなく元気が出て、どうにか時間をやり過ごしてきた。


 それでもまいちゃんがいない日常はつまらな過ぎて、自分の殻に閉じこもって、まいちゃんの幻とばかり遊んでいたんだ。


 勝手にまいちゃんの偶像を作り上げて、俺の中でまいちゃんは、アイドルで……。


 推しのアイドルの名前は……木佐木まい……。グループの中では地味で目立たない子だ。


 藤木と付き合ったのも、結局、まいって名前に惹かれていたのかもしれない。


 昼休みに図書室で、俺は妄想の中のまいちゃんと昼めし食ってたんだ……。


 振り返ると、視界から藤木が消えていて――。


「え? 藤木? 藤木!! 大丈夫か?」


 地面に倒れていたんだ。


「おい、しっかりしろ! どうした?」


「ごめん……蒼くん……。電池……切れた……かも」


「藤木! 藤木!! あっ、熱い! どうしよう。すごい汗じゃん」


 熱中症? 倒れて意識が朦朧としてるのは、かなり重症だ。


「そうだ! 水分」

 藤木の水筒は空っぽだ。

 オレンジジュースとか入れて来るからだろ~。


 俺の水筒も空っぽだ。唐辛子入りのおにぎりなんか食べさせるからだ。


「そうだ。救急車を呼ぼう」


 ポケットからスマホを取り出すが――。


「圏外!?? くそ! マジか」


 どうする? 俺!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る