第2話 丘の上に一人

 あの時騒いでいた、みずがめ座流星群も片側だけになって久しく、現在は、南群だけが観察できるらしい。

 南群は一晩中見られるらしいが、もう一つの方向。エータは、午前二時頃から午前三時半頃に見られたようだから、テントを張って盛っていたのだろう。


 そして、夕暮れの丘の上。

 少しの乾き物と、ポケットウイスキーを持ってきている。

 断熱のクッション入り敷物を広げて、寝転がる。


 当然周囲には、ダニよけをスプレーする。

 噛まれると重症熱性血小板減少症候群SFTSなどにかかり、たまに死ぬからな。他にもつつが虫病、ダニ媒介性脳炎、ライム病、日本紅斑熱がある様だ。

 山に入るときには、肌を出さない事が鉄則だ。


 町の明かりは近いが、間に尾根があるため、中心地の明かりは少し遠く感じる。下からここまでは、遊歩道で一時間。

 途中の児童公園や、喫茶店のあるところまでは、外灯がしっかりある。


 そしてだ…… 七月七日は特異日では無いが、基本雨が多い。


「夕焼けだったのに、『雨雲や、視線を遮り、ジャマをする』憂名 広夢心の俳句……」


 暗雲低迷あんうんていめい俺の人生そのものを表すようだ。この言葉の意味は、悪い状態が長く続き、向上のきざしが見えてこない前途不安な状況を表す言葉……


 多少心がダウン状態だったのか、そんなことを考える。

 高校の時には、やり放題だったのに。


「感傷に浸るのは、許されないようだ」

 結局、店を広げたのに、すぐに仕舞うことになった。


 一口も飲まずに、かたづける。

洒涙雨さいるいうだな」

 洒涙雨とは、七夕に降る雨。ひこ星と織り姫が別れを惜しむとか、会えずに悲しむ雨と言われている。


 丘を下り、明るい外灯が見え始める。

 その頃には、ポツポツと降り始める。

 ザックにぶら下げた傘を取り、広げる。


 ちょっとした、飲食店とか喫茶店があるところ。

 前には、市営の公園。

 その場所に、ブランコに座り、空を眺める女性が一人。


 白いシャツに、ブルーのデニムパンツ。

 足はある様だ。


 向こうも、こちらに気が付く。

「残念ですね。せっかくの七夕なのに」

「ええ。来たのですが、早々に帰ることになりました」

「流星群ですか?」

「いえ。少し、運命を…… 人生を見つめ直そうかと思って……」

 そう言うと、驚いたような顔になる。


 そりゃそうだよな。夜に人気の無いところ。

 人生を見つめ直すなんて言えば、自殺志願者かと疑われる。

 そんな事に気が付いたが、今更撤回はしない。


 だが、それだけではなく、壊れていた歯車は突然かみ合ったようだ……

「失礼ですが、憂名くん?」

 彼女も気が付いたようだ。


「そうです。私は、憂名くんです。久しぶりだな真名美」

「覚えていたんだ」

 合っていたようだ。違っていたらどうしようと心臓がバクバクだった。


 そう約束のお相手。織部 真名美おりべ まなみ

「老けたな」

「言わないでよ。お互い様でしょ。雨だし家へ来る? そこなの」

 そう言って、少しこじゃれた一軒家を指さす。


「こんな所に住んでいるのか?」

「住めば、静かで良いところ。土日は子供の声がやかましいけれど」

 そう言って、笑う。


 元々、期待はしなかったが、会おうと思っていた相手。

 お邪魔することにする。


「あれから後、どうなったの?」

 お茶を貰ってすする。

「うーん。十八の時には来たぞ。アベックばかりだったけど」

「うそ。朝まで私もいたわよ」

 彼女は驚く。当然俺もだ。朝まで?


「すまん。丘の上と言う言葉を思い出したのは、帰ってからだ。ひたすら、アベックの痴態を観察して帰った。若かったしな」

「そうなんだ。あの頃に、スマホがあればねぇ」

「そうだな。今度は教えてくれるのか?」

 そう言って、スマホを取り出す。

「意地悪ね」

 笑顔で笑う彼女だが、家の中は静か。


「ご家族は?」

 そう聞くと、少し悲しそうな顔になる。


「うーん。聞いてくれる? あっなんか飲む」

「酒」

 そう言うと悩んでいるが、諦めたようだ。


「ビールとか飲まないし、ワインね」

「大丈夫だ」

 そう言うと、厳重に仕舞っていたようなワインが出てくる。


「ボルドーのシャトーワイン? 十六年前か。まだ若すぎないか?」

 そう言うと、少し困った顔をする。

 それに、外箱。裕睦ひろむへと書いたカード。

「良いのよ。開けたいの」

 うーん。こらえる涙。


「やめよう。後四年後に飲もう」

 そう言って、ポケット瓶を取り出す。


「息子さんか……」

「うん。記念ボトルに買ったけど、事故でね」

「何時?」

「四年前。学校の帰りに……」

「そうか、残念だな」

 瓶のキャップに入れたブランデーを差し出してみるが、匂いを嗅いで嫌そうな顔をする。


 席を立つと、グラスとチューハイを持って帰って来た。

「なんだ。良いものがあるじゃないか」

「そんなキツい物を飲むくらいなら、こっちの方が良い。一緒にワイン飲んで貰おうと思ったのに」

「君が良いなら、一緒に飲んでやる。だが今飲むと、きっと美味くないしな」

 そう言うと、驚きながら、少し嬉しそうな顔になる。


「そうなの?」

「よくは知らんが、ボルドーのシャトーワインとかは飲み頃があって、早いと美味くない。きっと飲み頃はもっと後なんだろ。それにワインセラーなどで十度から十六度位だったはず。無ければせめて、冷蔵庫の野菜室だな」

 そう言うと、まじまじとラベルを見始める。


 パックワインじゃなから、保存方法などは書いていないと思うが……

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