第3話 彼女の言い分と悪ガキ
「それでね。結局旦那ともギクシャクしちゃって……」
「子供は、一人だけだったのか?」
「そう。裕睦を産んでから、君は母親になってしまったとか言って。その…… めっきり」
そう言って、赤い顔になる。
「裕睦なんて付けるからだ。カードを見た瞬間、ドキッとしたぞ」
「あら、良くある名前でしょ、別にあなたが同じ名前でも、その字は違うし……」
そう言いながら、グビグビと飲み始める。
「何かおつまみ作るわ。そういえば晩ご飯は?」
「食ってない」
「なら、ちょっと待って」
彼女は、何かから逃げるように、いそいそと、台所に向かってしまう。
ガサゴソと、持っていた乾き物を取り出す。
確かに老けたが、それほどではない。
三十代で通じるだろう。
彼女ができたら、お母さんの顔を見ろと言うが、彼女のお母さんはどんな顔だったか?
くだらないことを思いながら、じっと眺める。
手慣れた感じで、動き回る彼女。
すぐに、いくつかつまみが出てきた。
「どこから、そんな物を……」
食っていた乾き物を見られた。
「美味しそうな匂いがするから、つい我慢ができなかった。わりい」
「子供ね。まったく…… はい」
そう言って、小皿と箸が渡される。
「それじゃあ、うん年ぶりの再会に乾杯」
「丁度二十年ぶりくらいだな。いや、違う三十年か」
「そう。あの時から三回転…… 結婚はしたの?」
「した。浮気されて別れた。うまっ。甘塩っぱいのが絶妙だな」
「ありがとう。この町に帰ってきていたの?」
「いんや。君に会うために、休暇中。数日だけ帰ってきた」
そういうと、また驚く。リアクションが結構おもしろい。
「調子の良いことを……」
やれやれという感じで、言われてしまった。
「嘘じゃないさ。離婚。ああ、二回目だが、つい最近でね。失意の中で飲んでいて、君のこと。約束を思い出した」
おっ嬉しそう。
「そう。それまでは、忘れていたのに?」
切り返しなのか、意地悪そうに聞いてくる。
「当然。完全に。だけど、思い出した…… 屋上の約束を。信じなくてもいいが、あれが初恋なんだ」
そう言って、じっと見つめてみる。
みるみるうちに、赤くなってきた。
「暑いわね。酔ったかしら」
そう言って、ふらふらと隣りの部屋へ行き、ピッという音が聞こえる。
二階建ての、少し古いが中はリフォームをしたのか、少しおしゃれな感じ。木の梁などが見える造りで天井が高い。
風がながれて、湿度が軽くなっていく。
「こんな所で、仕事は何を?」
「ネットで、受注。イラストを描いたり、チラシを作ったり、ホームページなんかも、いくつか管理しているの」
「すごいな。いつの間にそんな才能を」
「すごいでしょ。でもまあ、才能じゃなくて努力ね。そっちは?」
「才能が無いから、会社員」
それを聞いて、ぷっと吹き出される。
「なんだよ」
「中学校の時そのままで、会社員ができるの?」
「大丈夫だよ。会社じゃ真面目だから」
「まあ、そうよねぇ」
そう言って、彼女はにまにまと笑う。
そうこの空気感。
彼女と居ると、素が出せる。
気楽な、そうだ、昔からのダチだな。
すべてを知られているから、下手に作らなくて良い。
大学や社会に出て、作らない自分を見せるなんて事はできない。
『軽薄。そんな人だと思わなかった。さようなら』
そう言われるのが、オチだ。
付き合っているときに見せる姿と、付き合いだしてからの姿。
違うのは、お互い様だろう……
そんなのは、多々あった。
だけど、ガキの頃を知られているという事は、気楽だ。
隠す物が無い。
「なあお前。いや、真名美。お前結婚しないのか?」
少し驚いたようだが……
「そんな気も無くて…… 子供が、事故で死んで、落ち込んでいるときに、旦那も変わって。自分ばかり不幸だと言い始めてね。それが辛くて。 それに、子供のお葬式って、その時だけじゃなくて、かなり来る物があるのよ…… そう気配とか、ふと呼ばれた気がして。こっちもつい探すんだけどね。あさ、起こさなきゃとかね。思えば、旦那もそうだったのでしょうけれど」
そう言って、軽く涙が浮かぶ。
「それにこの年から、自分を変えるのは面倒だし、なかなか相手がね」
ああ、結婚して、相手に合わせてきたのか。
「それは、相手が悪い。例えば、ガキの頃から知っている相手なら、気楽で良いぞ」
そう言うと、理解したのだろう。なぜか頭を抱え始めた。
なぜだ……
「それって本気?」
怪訝そうな目。
「割と。本気だ。会って話して確信した。人はわかり合えるが、実は気楽が一番」
「それはそうだけど、離婚したばかりとか言っていなかった?」
「言った。まだ慰謝料も貰っていない。だけど本気だ。まあ結婚をしてあわなきゃ。そうだな、別れよ」
また驚かれた。
「口説くのに、別れ話まで出てくるかな…… まあ今更、相手に合わせて努力というのも大変だけど」
そう言って、テーブルに広がる水で、何かを描き始めた彼女。
「ネズミでも描いているのか?」
「えっ。イエ何も……」
そう言って、俯いてしまう。
そして石のように固まってしまったので、立ち上がる。
「とりあえず、三十年前からの続きだ」
そう言ってキスをして、抱きしめる。
「えっ。ちょっと、まっ、うんん。まって」
「やだ」
「悪ガキ。ねえ年だし、恥ずかしいから……」
「本当かどうか、見てやる。さあ、この光の下、すべてを晒し給え……」
「ばか。エッチ。何処の魔王よ」
翌日、家に連れて行き、親に結婚することを伝える。
「ああ、そうか。まあ、頑張れ」
驚いていたようだが、なんか適当に流された。
「真名美の親には電話で良いか。今度改めて会いに行くし」
「えっ、どういう事?」
「休みが終わるし、帰る。荷物をつめろ」
当然彼女は驚く。
「こら。もう少し段取りをきっちり。子供じゃないんだから」
「大丈夫。よく言われるから。来ないのか?」
「―― 行く」
「よし」
そうして、彼女はお持ち帰りされて、生活が始まった。
「なんだろう、気楽だけど疲れるわ」
そんな事を言っていた彼女だが、いきなり妊娠する。
「信じられない……」
「きっと、運命だ」
「そうね……」
俺達の出逢いは、決まっていて、他では駄目だったのだろう……
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お読みくださり、ありがとうございます。
少し早いですが、七夕に、ちなんだ話しを一つでした。
そうそう、むろんフィクションです。
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