星祭りの約束

第1話 星祭りの約束

「ねえ、七夕って、『笹の節供』『星祭り』とも言われるんだって……」

「そうなんだ」

 彼女と手を繋ぎ、二人だけで七夕の星見会をしている。


 このマンションの屋上。住人は入れる。

 意外とここから、河口で行われる花火大会とかが見えるし、何かのイベントの時や、バーベキューをするときには、ありがたい。


 七夕と言いながら、今日は、七月の八日。

 昨日は、例年通り雨だった。


 そして、言った日が悪かったのか……

 中学校の三年。


 最後の夏休み前。

 気合いを入れて告白をすると、彼女から残酷な宣言が俺に伝えられた。

「わたし、夏休みに引っ越すの。ふざけているでしょ。こんな時期に…… でも栄転だって言って、お母さんも喜んでいるの。同期を抜いて、お父さん課長になるんですって……」

「よく分からないけれど、課長って偉いのか?」

「よく分からないけれど、給料の上限が二百万円上がるって」

「ふーん。よく分からないけれど、良かったじゃないか……」


 課長って、なんだろう? うちの父さんは万年係長が普通なんだって、前に母さんに向かって言っていたけど。二百万円って大金持ちじゃないか? ポテチとコーラが…… ええと、沢山買える。

 俺達は、寝転がって、よく分からないを連発する。


「ねえ。変わらずに好きでいてくれるなら、そうね…… 高校を卒業後の七夕。どこかで会わない?」

「七夕? 一年でも辛いのに、四年後か?」

「そうよ。真実の愛。とか言って…… 七夕だって、本当に会おうと思ったら、ベガとアルタイルは十四・四光年。光の速度で十四年もかかるのよ……」

 そう言って彼女は、俺にキスをした。


「ごめんね」

「いいさ、四年なんざすぐだよ、きっと……」

 だが彼女は、俺の性格を知っている。

「そんな事を言って、さっさと彼女を作るんじゃないの?」

 覆い被さっている彼女の顔は、髪の毛が垂れ下がり、暗くて見えないが、少し悲しそうに見えた。


「俺はモテないし、無いだろ」

「それは自己評価が低すぎ…… 私は…… 好きだもの」

 照れた感じで、そう言ってくれた。

「ありがとう」


 中学校最後の夏休み前。そんな甘い夜を過ごした。

 そして彼女は、宣言通りいなくなる。



 そして高校。

 あっさりと彼女ができた。

 彼女が言うとおり、以外とモテるようだ。


 この時俺は、確か身長百七十は無かったと思う。

 だけど、人当たりの良いところと、優しそうなところが好きと言われた。


「ねえ。広夢。本当にするの?」

「話を聞くと、皆やってるし、大丈夫だよ」

 エッチまで……


 俺は高校時代、結構いい加減だった。

 初めて付き合った彼女は、半年くらい。


 次は二週間。

 次は……


 それは、大学へ入るまで続く。

 そのため、高校の時は、無害そうなヤリチン野郎と呼ばれた。


 そして、何人目かの彼女と別れた後。思い出した、七夕の約束。

 誰かと付き合っても、常に彼女の事は心に残っていた。

 暗い中で見つめてくる、彼女の目。

「会いに行って見るか」


 だがその年は、みずがめ座流星群が賑やかだったらしく、約束をした星見の丘は賑わっていた。


 地上に張られた小さなテント達の方が、よほど星のように見えた。


 そして、歩けば聞こえるカップル達の会話。

「あんっ。音が聞こえるし。ほら人が来てるから……」

「顔だけ無表情にしとけよ……」

「無理。だめっ」


 皆お盛んなようだ。


 そんな淫靡な雰囲気が漂う空間を、織部 真名美おりべ まなみを探しながら徘徊をする。


 ところが、目が合うと睨まれるし、覗き扱い。


「どうしよう。流石に叫ぶとひんしゅくだよな」


 結局、彼女と出会えることはなかった。


 だが、帰ってから思い出す。

『丘の頂上に居るから、見つけてね』

 確か、そんな事を言っていた気も……


「あちゃー…… 大体、あいつが声を聞くと淋しくなるからなんて言って、電話番号を教えてくれないから……」

 そうだ、あの頃はやっと、PHS方式の携帯が出始めた頃。

 語呂合わせで、ポケベルを使ってメッセージを送っていた時代。


 携帯料金なんて、月七万とか言っていたよな。


 憂名 広夢うきな ひろむ。今、四十五歳。

 今課長だ。

 親父の時代には、まだ高卒が大量にいた。

 だから、係長が上限だったんだよな……


 二度も、妻の浮気で離婚。

 そして、やっと中学校の時に交わした約束を思い出した。

「十八歳の時は、会えなかった」

 絶対会えるわけは無いと思いながら、休暇を取り、少しだけ里帰りをすることに決めた。


「おう、広夢。大変だったな。元気そうで何よりだ」

 定年して購入した一戸建て。日がな家に居る親父。

 暇つぶしに始めた、竹細工にハマっているそうだ。

 

「母さんは?」

「その辺に埋まっている……」

 顎だけで、庭を指し示す。鼻に低く掛けた老眼鏡の上。フレームの間から人の顔を見て、笑い始める。

「嘘だろ」

「嘘だ」

 そう言って。

 そうなんだよ、かなり悪趣味な冗談が得意なんだよ。


「なんか最近、公民館でやっている、俳句の会とかにハマっていて、なんかぶつぶつ言っているよ。俳句は世界を切り取るとか?」

「そうか。まあ少し出てくるよ」

「ああ。気を付けてな。遅くなるのか?」

「うーん。相手次第かな」

「また女か。懲りない奴だな」

 そう言って、にまにまと笑い始める親父。

「ほっとけ」


 高校の時から、うちに連れてきた彼女は幾人だったか……

 あのマンションは便利だった。花火大会の時は入れ食いだった。


 そう思い、その中でも特別な…… そう、初恋を思い出しながらあの丘へと向かう。夕焼けだが、一応折りたたみの傘を持って。


 約束をしたのは遠い昔……


 つい、『木蓮の涙』を口ずさんでしまう。

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