残り物が多い日は……

妻のミスとその理由

 妻とは再婚同士。

 お互いの離婚理由は、詳細に説明をしていない。


 いま俺が四十五で、彼女が四十歳。

 アプリとかそんな感じではなく、友人の紹介だった。


 離婚は俺が三十歳の時で、彼女はずいぶん前だそうだ。

 結婚をしたのは三年前。

 そう彼女は地味に焦っていた。

 子供が欲しい…… と。


 だがまあ、年のせいかと思うが、未だ子供は出来ていない。

 定年が、六十五になるとして、今から生まれても定年時にぎりぎり成人をしていないことになる。

 そして、子供の結婚が遅くなれば、孫は見られない可能性がある。

 友人に聞くと、孫には責任がない分かわいいという事だ。


 まあ一人の時に比べれば、誰かが家にいるのは安心できる。

 一人暮らしの気楽さは、寂しさの裏返しという部分がある。


「喜びも苦しみも分かち合い…… かぁ」

 そう言って、伸びをする。


「うん。なあに?」

「神前の誓いを思い出していた」

 そう言うと妻、沙織さおりは目を丸くする。

「変な人ねぇ」

 そう言って笑うが、口に出したには意味がある。


 この春だろうか、となりに大学生が入居した。

 その名前を見た後から、おかしかったのだろう……


『煮物が余ったから』

『カレーが余ったから』

『お肉のお裾分け』


 そんなことを、し始めた。


 そう再婚同士だから、考えれば分かる話。


 だが俺は、前の妻。

 その浮気を思い出してしまった。


 あの日は、体調が悪く会社を早引けした。

 妻も働きに行っていたから、家には誰も居ないはず。

 当然帰る連絡などはしない。


 だが鍵を開け、玄関を開けたときに、玄関先で裸エプロンをした妻がいた。

 四つん這いで、顔は玄関を向き、後ろから見知らぬ男に突かれている最中。

 その時見た表情…… 俺は思わず、殴り飛ばしてしまった。


 そのおかげで、裁判でもめた。


 相手は妻の同僚。

 営業に出て、いたしていたらしい。

 むろん、相手も奥さんにバレて裁判沙汰。


 腹が立つが、殴った分だけ、慰謝料の減額をされた。


 そして、聞きたくなかった事実。

 そいつとやった日は、俺ともやっていたらしい。

 失敗をしていてもバレないように……


 それを聞いて、もう数発殴っておくべきだと思った。

 弁護士の先生には苦笑いをされたが……


 嬉しそうに、食べるものを作って、隣りに持っていく妻。

 あんな若い奴と浮気かと思った。



 だがまあ、事実はもっと複雑で、単純だった。


 彼は、元槍 和良史もとやり かずよし

 父親は、元槍 到山もとやり とうさん


 つまり、彼女の息子らしい。

 相手は旧家。地元の名士で、嫁いだのは二十歳の時。

 向こうの浮気で別れたが、こちらは専業主婦で、向こうは金持ち。

 子供を取られた様だ。


 それが何の因果か、隣に越してきた。


 向こうの家も、彼女の苗字が俺の苗字になっているから気がつかず、会うのも許されなかった息子を、となりに住まわせてしまった。


 そうして彼女は、それに気が付いたとき、暴走モードに入ってしまったようだ。


「言ってくれれば良かったのに」

 泣いている彼女を抱きしめる……



 いそいそとタッパーに、残り物を詰めている妻を怒鳴りつけてしまった。

「いい加減にしろ。どう考えても普通じゃない」

 そう言って……


 そして語られた真実。

「すまなかった。だが、あまりに過剰だと、向こうは未成年。訴えられる可能性があるぞ」

「そうなの?」

「ああ親権はあくまでも、向こうにあるんだろう?」

「それはそうだけれど……」

「まあ会うなとは言わないが、ほどほどにな……」

「ええ、判ったわ」




 ―― そう、そこまでが、彼女が言った話。


 息子という男は、十八歳。

 つまり彼女の言い分なら、二十二歳の時に産んだことになる。

 だけど俺は知っている。

 彼女に、妊娠経験は無い。

 経産婦は子宮口を触れば分かる。

 開いているからな……


 つまり、旦那と旦那の浮気相手が産んだ子供となる。

 そう彼女は、長いこと結婚をしていなかった。それは、未だに、旦那を好きだったから……

 納得をしたふりをして、彼女を抱きしめ、計画を練った。


 食い物で懇意になり、若さにより、理性を飛ばしたオスの性的な道具となっても元旦那の遺伝子が欲しかった様だ。


 そうだよ。あの妻の顔はどう言い訳をしようと、息子に会いにいく母の顔じゃなかった。ただの女だ……


 経験で分かる。

 玄関を開けたとき、目の前で見たあの顔。

 

 今度は殴らなかったから、きっちり払って貰おう。


 レースのカーテンは、夜には素通しで見える。

 今朝俺は、出張だと伝えておいた。


 家の玄関を見張り、妻が、いそいそと隣へ入るのを見て、俺は家からベランダに回る。

 竿先に、カメラを付けて、固定する。


 部屋を出て、カメラの映像を見ながら、興信所の人間とタイミングを計る。


 なぜか、その日連れらしき男達まで入ってきて、最初は嫌がっていたようだが乱交。

「もう良いだろ」

「うん、まあそうですね」

 興信所の担当者は、一見ピザ屋っぽい格好。


 チャイムを鳴らし、ドアが開いた瞬間に踏み込み撮影をする。


 カメラ越しでも分かる、見たことのある顔。


「お邪魔しました」

 撮影が終わったので、ドアが閉まる。

 部屋の中には入っていない。

 うちの隣は、世帯用と違いワンルーム。

 玄関から、角度を付ければ部屋全部が画角に収まる。




 数日後。

 彼女に、話を聞く。

 俺と結婚して、三年経っても子供が出来なかった。

 となりに、好きだった男の息子が来た。

 そうだ。子種を貰おうと考えたようだ。

 やるしか無い。今でしょと押し倒したら、あっさり乗ってきたらしい。


 当然別れて、きっちり慰謝料を貰い、男の方にも請求をする。

 当然向こうの親父は気が付いたらしく、彼女はぶん殴られたらしい。



 だがしかし、俺はどうにも、女運が悪いらしい。

 静かな家。ベランダに出て、数年ぶりにたばこを吸う。


 煙を吐き出しながら、上を見上げて…… これまた、久しぶりに、星空を眺める。すると、昔の記憶が蘇る……

『変わらずに好きでいてくれるなら…… 七夕……』

 そう言ったときの、彼女がした憂いを持った顔。


「彼女は、生きているのだろうか? それとも……」



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 お読みくださり、ありがとうございます。


 この話、『星祭りの約束』へ続きます。

 星祭りは、七夕のことで、少し早いですが……

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