日常に潜む出逢い。

第1話 その日は、いつもと少し違った。

「うおーい。打ちっぱなしに行こうぜ」

「わかった」


 同僚と二人、池の脇に立つ打ちっぱなしへ行くことにする。

 仕事終わりの夕方から。

 この時期なら、夜の方が涼しくて良い。


 ここは安くて、一時間千円。二時間でも一千五百円のフリー。

 球数に制限はない。


 常連のおっちゃん達と、わいわい言いながら楽しむ。

 まあ人のフォームを見て、あれこれ言ってくるのは仕方が無い。


 仕事は、小規模の工場だが、特殊な加工技術のおかげでもうけているようだが、給料は安い。だが、社長の趣味で、もれなく年一回とか二回は、コースを回るというレクリエーションがある。コース費用は会社が出すから、福利厚生だと言うが、強制だと出費ばかりで嬉しくない。クラブにシューズ。ボールに手袋…… 幾らでも金がかかる。


 九番から初めて、五アイアンで、距離を合わせた後、三番を振ったら、スライスしか出ない。それも、百ヤードちょいで急激に曲がる奴。


 諦めて、座り込むと、ドリンクを飲みながら、ぼーっとテレビを見る。


『本日のニュースです。○○県の免許センターで今日。元ラリーの選手。七十七歳が、高齢者運転技能検査の実技において、レッキ帳を見せろとか、オーダーは幾つだとか聞いた後、コース内で、コースレコードをマークしたようです。ですが、一時停止不停止などや、信号無視。直線部分から車体を横に向けて直ドリを決めたり、検査としての点数は最悪で、再試験となった模様です。担当教官は、限界域でのタイヤコントロールや、ブレーキングは流石でした。感心をしたとコメントをしています。親族は返納を望んでいるとか……』


 流れているのは、ありそうで、無いような内容。

「最近調子はどうだい?」

「ああ、こんにちは」

 クラブプロの山田さんが、声をかけてくれる。


 きちんとコースに所属をしているが、たまにここへやって来る。

 オーナーと知り合いらしい。


「さっき、三鉄でドスライスです」

 ふっと笑うと、ボックスを指さす。見てくれる様だ。


 だが見られると、力は入るもの。

 特に、今二十六歳。入社してから、ゴルフを始めた様な人間には辛い。

「今何年目かな?」

「初めて四年ですかね」

「たまに、ビデオで撮ってフォームを見た方が良いよ。右肩が突っ込んでいるよ」

「げっ。ありがとうございました」


 そんな事もあり、今日は、少し上機嫌で家に帰る。

 練習場は町の郊外にあり、町中へと続く街道に出るまでは狭い。

 特に用水路には蓋がなく、結構危険だ。


 でだ……

 ライトの明かりに、異様な物が照らされる。

 それは、用水路から突き出た白い腕。

 光の中で、怪しく輝く……


 急ブレーキをふんでしまった。

 ハザードを焚き、車から降りる。

「たすけてぇ。くださぁーいぃー。だぁーれぇーかぁー」

 自転車ごと、用水路に落ちただけで生きていた。


「ちょっと待って」

 そう言って、少し車の向きを変え、照射幅が広いのでフォグランプを点ける。用水路の擁壁に当たった光が、良い感じに照らしてくれた。


 まず、体の上に乗っている自転車を引き上げて、次に体を引き上げようとするが、右手が痛いようで、左手のみを持ち、体を抱きかかえるように持ち上げる。

 この感触。女の子だったのか?


「大丈夫か?」

「右手が痛いです……」

「見た感じ折れている感じじゃないが、病院へ行った方が良い。家は近いのか?」

「横浜です」

「は?」

 ここは香川県。横浜という地名は、色々なところにはあるが、そうだ、高知にも確かあったぞ。


 とまあ、少し現実逃避をしながら、話しをする。

「旅行中なのか?」

「そうです。会社を辞めて、ふらっとお遍路でも回ろうと思って……」

「そりゃ大変だ。どうするかな。救急車を呼ぼうか?」

 そう聞くと、ぶんぶんと首を振る。


「近くに、キャンプ場があるはずなので、道を教えてもらえれば……」

 大体そう言うときには、安心して腹が鳴る。


「ずぶ濡れだし、下手するとテントは良くても、シュラフまで濡れたんじゃないか?」

「あー」

 そう言うとごそごそと、見始める。


「濡れています…… あっ。ウエストバッグが無い」

「えっ」

 用水路を、スマホのライトで照らすが、すぐ奥で道路下へ向かい暗渠あんきょになっている。


 少し見回して、道路から車を移動して、空き地へ突っ込む。


「自転車はその辺りにおいて、車の中で休んでいて。このボディタオルを使って」

 そう言って彼女を車に乗せて、俺は用水路探検。

 ガキの頃以来だ。


 予備のモバイルバッテリーを持ち、用水路に膝まで浸かる。

「結構冷たいぞ」

 ウエストバッグ。何色とか聞いていないが、大丈夫か?……


 ええ。それから放浪する。

 川下りをして、三十分以上。

 用水路から川に出て、少し下った河原まで追いかけた。

 本流と違い、浅くなって引っかかっていたが、そうでなければ、俺の旅は瀬戸内海にまで、到達をしたことだろう。


 用水路を遡上するのはいやなので、道路側に登り、道を歩いて車に戻る。

「あったよ、これか?」

 そう言ってドアを開けるが、幸せそうな寝顔?? ではないな。腕が痛いのか、しかめっ面だが寝ていた。


 そこで困る。

 起こさないとどうしようもないし、色々考え、起こすことにした。

「おい、起きて」

「やだ。あと五分……」

「はっ?」

 こんな台詞をリアルで返す奴、初めて見たぞ。

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