第3話 記憶と二人のこれから

 そこからも努力を続け、無事に大学へ。


 だが、微妙な年の差で、雫は芳雄の残滓を追いかける事になる。


「ふふっ。こんな所にも、先生の名前が残っている」

 サークルや、催し物。

 学年にして四年。その差は絶望を与える。


 高校時代や、大学時代、声をかけられたが、雫の心は芳雄に支配され、盲目的に追いかけた。


 そして入社。

 配属をされた先で、教育係として、芳雄が就任する。

 その夜。その偶然とは思えない、運命的再会。

 感動から彼女は涙をこぼした。


 だが、いつまで経っても気が付いてくれない。

 中学校からで、多少背も伸び体型も変わり化粧もしている。

 でも、名前まで曝しているのに……


「なんでぇ……」

 そう言いながら、雫は何時気が付かれるのかという。その期待と、その時に芳雄がするであろう反応。つまり驚く顔を想像をして、それだけでぞくぞくした快感を得る。

「これはこれで、ドキドキが止まらない……」


 だが、あっけなく、教育期間が終わる。


「でも、聞いちゃいけない事はない」

 そうそれで、心証が悪くなるなどは考えない。

 だって先生だもの。


 だが、その先生は、絶望的に人との付き合いが下手で、よっぽどでなければ、名前さえ覚えないタイプ。


 完全に忘れていた。


 だがまあ、流石にすべてではない。

 大学に、入った夏休み。

 中学生の女の子。その家庭教師をしたことは覚えている。


 だが七年もの期間を空け、再び巡り会った女の子を、記憶の中で同一と認識することはなかった。


 そう、以外と彼はポンコツだった。


 そして、流石に待ちきれなくなって、雫は芳雄を飲みに誘う。

「ビアホールって、行ったことが無いんです。行きませんか?」

 計画的に、ボーナスが出たタイミング。


「じゃあ、課の人間を幾人か誘って……」

「駄目です。お話をしたいこともあるので」

 彼女の真剣なまなざし……


 芳雄は了承をする。


「お疲れ様です。カンパーイ」

 このホール、がっつり肉系のホールで、ウインナーや串焼きが名物のようだ。


「それで話とは?」

「まあまあ、飲みましょ。元は取らないと」

 二時間の定額制。

 昔は、営業時間内定額だったが、時間がドンドンと短くなったようだ。


 今日は、思い出して貰い、告白をする。

 雫は気合いを入れるため、ハイピッチで飲む。


「もう良いだろう。話は?」

 むう。と思いながらも語り始める。

「先輩が、大学一年生の時、中学生の家庭教師というアルバイトをしましたよね」

 少し思い出す。なぜこの子がそんな事を?


「ああ。したな。本当にどうしようもない子で、最初、どうすべきかと途方に暮れたよ」

「ぐはっ」

 さすが先生。心をえぐる……


「そっ、その生徒の名前…… 覚えています?」

 少し緊張しながら聞いてみる。

 悲しいが、その可能性はある。


「えーと雫だ。ああ、君と同じ名前だね」

 おぼえていたぁ♡

「苗字は?」

「えっ。あれ?」

 都合五週間も家に居たのに、忘れているんかーい……


「奥野です。奥野 雫。私です」

 流石に驚いたようだ。


「えっ、そうなのか。背も低くて、見せびらかしていたようだが、胸も無かったのに」

「ぐはっ…… おかげさまで、育ちました……」

 胸を押さえて崩れ落ちる。

 鼻の頭に、ケチャップが付いたが、気が付いていないようだ。


「そうなんだ。よかったねえ」

 そう言って頭をなでてくれる……


 嬉しいけれど。そうか、恥ずかしくても頑張って、先生にアピールしたのに、発育不良が原因だったか……


 そして、紙製のおしぼりが近付いてくる。

「えっ」

「じっとして、鼻の頭にケチャップが付いている」

「ありがとうございます」

 いつの間に。


 しかしと考える。

 年の差もあり、思った以上に子供扱いをされている気がする。


 雫の考えは間違っていなかった。

 目の前に居る女子が、記憶の女の子と重なったとき、記憶は中学校の方に引っ張られた。


 そうかそうか、あの子が。

 同じ大学出身という事は、そうとう努力をしたんだなあ。

 そう…… ほのぼのと、口に出すことなく、心の中で褒めていた。


 だがしかし、雫は違う。

 初恋から、発情…… まあそうだが、一途に歩んできたこの道。終点は見えている。


「あの時から、先生のことが好きでした。もし付き合っている人が居なく…… 居ても良いですから、付き合ってください」

「えっ、それってどういう意味?」

「ですから恋人として、まあ結婚を前提でも全然良いですけれど」

「でも君、中学…… じゃないな。俺で良いのか?」

 こっくりと頷く。


「誰とも付き合ってはいないし、君がよければ良いが」

「やったあ。それで、そこのホテル予約してあるんです」

 そう言って指さすのは、このホールを見下ろすように建つ立派なホテル。

 明日は休み。


「前から、あのホテル気になっていたんです。窓際に立つと、周囲から見えそうでしょう」

「ああ。そうだな」

「見られながらエッチするって、ドキドキしません?」

「……」

 雫は、七年の間に、体験談から始まった妄想を、随分こじらしたようだ……


「普通が良いよ」

「むー。まあ最初は……」

 そう言って、雫はウキウキで芳雄の手を引いていった。


 普通のホテルだが、雫の目には未来に向かう希望なのか。光り輝いて見える。

 待ち望み、早く隙間を埋めたい雫。その心に引かれる様に、ホテルに向かう二人の速度は上がっていく……




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 お読みくださり、ありがとうございます。


 長年思い続ける純愛が……

 不思議なことに、なぜかコメディに。



 おまけ。

 ホテルに向かうその時、出した記録は、雫の陸上史に残るベストタイムを圧倒した…… 

 それはまるで、目の前にニンジンがぶら下がった馬のように、おのれの限界を凌駕しする。

 それにより、そう…… 少し不幸なことが起こる。

「もうだめ」

「先生……」

 

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