第2話 奇縁というのは……

「いい加減に起きろ」

 ついに、少し切れてしまった。

 とにかく、彼女。寝起きが悪い。


 頭にチョップする。

「痛ったーい」

 そうして、人の顔を見て驚いたようだ。

 それから、ぼーっと周りを見回し、思いだした様だ。


「あなたが、落としたのはこれでしょうか? それともこちら?」

 手に持つのは、ウエストバッグと、スポーツ飲料。

 そして、俺が飲むコーヒー。


「あっ。コーヒー欲しい」

 予想外の答えが来た。

「それで、バッグはこれかな?」

「あーはい。そうです。あったんですね」

 そう言いながら、ひったくり車の中で確認し始める。


 当然水没していたので、中には水が残っている。

 なぜか睨まれる。

「勝手に開ける訳にはいかないからな」

 そう言うと納得したようだが、コイツ以外と駄目な奴だ。


「じゃあ、言っていたキャンプ場はキャンプサイト終焉しゅうえんだな。此処の道を降りて、街道に出たら右に曲がって真っ直ぐだから」

 そう言ってドアを開けたまま体をどけ、出るように無言で促す。


 だが、眠ったために面倒になったのか、出てこない。

「あのぉ、結構右手が痛くて……」

 そう言いながら、少し考え、言い出した言葉。

「今晩泊めてください」

 一応、頭を下げるが……


 なぜだろう、泊めたくない。

 悪くない顔だし、若そうだし、ゾーン的には入っている。

 だが、嫌という気持ちが大きい。


 だけど…… 俺はお人好し。


「泊めるのは良いが、俺は一人暮らしだ。ホテルの方が良くないか?」

「うー。ホテル…… 予算が厳しくて。お金を恵んでくれれば……」

 俺は悩む。


「貸してやる」

 そう言って、一万円と住所と名前。口座番号を書いて渡す。


 近くの、安めのホテルを探して、送っていく。

 自転車は、ハブがクイックリリースタイプなので、タイヤを外したら乗せることができた。


 そして、送っていき、ホテルの前で組み立て直す。


 それで彼女と別れ、終わったはずだった。

 だが、いつまで経っても入金はされず、仕方ないと割り切る。


 ある日、仕事から帰ると、家の前で女の人が立っていた。


 家は、田舎だしボロいが、一軒家。

 元々、家主さんの親が住んでいたが、空き家にするよりは良いという事で貸し物件になっていた。

 月三万。

 笑えるが、仕事場に近いし借りた。

 買い物や、駅にはかなり遠く、車がないと暮らせない。

 だがまあ、安さと広さに惚れた。


「あのう、山崎 良人やまさき よしとさんですか?」

「はい。そうですが、保険は入っているし、国営放送にも一応金は払っています」

 初対面の人に、失礼な言い分だが、その人はスーツ姿だった。


 この田舎で、そんな格好で来るのは何かの営業だ。

 そう思ったのだが、彼女は少し違ったようだ。

「ずいぶん前に、妹がお世話になりまして、申し訳ありませんでした」

 そう言って、深々と頭を下げる。


「妹? お世話??」

「ええ、これを」

 封筒と、俺が書いたメモ。

 名前と住所、口座番号。

 あの失礼な女だ。


 封筒の中身は、一万円。

「あー……。立ち話しもなんなので、どうぞ。男の一人暮らしで散らかっていますが」

「ありがとうございます」

 そう言いうと、素直に中へ入ってきた。


 とりあえず暑いから、空気を入れ換え、エアコンを入れて、麦茶を出す。


 見ると、えらく疲れているようで、話を聞く。


 近くの駅から、タクシーに乗ってやって来たようだが、留守だった。出直そうかと思ったら、タクシーはもう居なかった。

 そのため、午後三時から待っていたようだ。

 今は九月の終わりとはいえ、かなり気温は高い。

 妹さんが、俺に迷惑を掛けたのは、六月の初め。


「それは大変でしたね。平日は、仕事があるのでどうしても帰ってくるのはこの時間で」

「いえ。私の方も何も考えず……」

 話す感じ、妹に比べて、随分まともだ。


「今日は、何処に宿泊ですか?」

「宿泊ではなく、深夜バスで帰ろうかと思いまして」

 そう言って、高松から東京行きのチケットを見せてくる。

「高松駅を、二十一時十五分ですか…… でもこれ明日ですよね」

「えっ…… あらっ?」

「とりあえず電話をして、変更の手配を……」

「はい」

 スチャッと、スマホを取りだして、連絡をする。


 話し込む、彼女の横顔。

 セミロングの髪。

 意外と長いまつげと、すっと通った鼻筋。

 薄めの唇。

 美人系だな……


 少し愕然とした彼女。

「変更ができません。今日、空きがないみたいで……」

「近場のホテルを予約して」

 地図を出して、だが駅近くは空きがなく、お高い部屋のみありますと勧められる。


 少し遠くなるが、部屋が見つかり予約ができた。

「送っていきましょう」

 そう言って、送っていく事にする。


 そう、ここから電車の駅までは、かなりある。

 もう、日が落ちて暗くなっている。


 だが俺は、ホテルまで送っていくことを選択する。

 そのまま一度、高松駅へ寄り、預けている荷物を取ってくる。

 そこからホテルまで、六キロほどを移動して、彼女をおろす。

「何から何まで、ありがとうございました」

 御礼を言われて、こちらも恐縮してしまう。

 だがこれで、お別れだと思うと…… なんとなく、下心が……


「食事に行きましょうか? 待っていますので、チェックインをして来てください」

「えっはい。よろしいのでしょうか?」

「ええ。俺も帰って、一人で食事なので」

 そう言うと、彼女は少し考え、笑顔でこちらを向く。

「お願いします」


 十分ほど待つと、彼女が帰ってきた。

 スーツではなく、普通のパンツ。ブラウン系。タンクトップはもっと色の薄いブラウンで、白の薄いニットカーディガンを羽織っている。

 歳上っぽい。感じに見える。


 ちょっと、町中へ戻りましょう。

「お願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る