第2話 昔話

 俺は、イラスト描いているがフリー。

 大学を卒業して、就職したデザイン会社が一年持たず倒産。

 顧客からの繋がりで、そのままフリーになった。


 隆二は気に入った店が出来て、お願いしまくって弟子入りして、19歳だとばれてうちを潰す気かと怒られ、20歳を超えてなんとか店に入って、その数ヶ月後。マスターが事故で亡くなってしまった。

 基礎の基礎しか習っておらず、今だ練習中。だが他の仕事はしたくないと自分で店を始めた。こういう仕事もしきたりとかもあって、かなり厳しいようだ。


 麻葵は、大学に入ってからの知り合い。

 オリエンテーションで、オロオロしていた所を見かねて声をかけ。履修について話してから、なんだか懐かれた。

 俺が隆二達と車で遊んでいるところにも、怖がらずにやって来て、一緒に遊び始めた腐れ縁。

 酔ったときに、幾度か体を重ねたこともある。

 そうだよ、あの頃俺は、車のデザインがしたかったのに。



 だが、そんなことを考えながら飲んでいたが、寒くなってきた。

「おう。帰る。チェック」

 やって来た隆二に、会計分と別に袋を渡す。

「あー悪いな」

「貸すだけだ。稼いだら返せよ」

「分かった」


 そんなやり取りを、麻葵はあきれた目でじっと見る。


 まだ濡れているジャケットを掴み、立ち上がる。

「隆二。この椅子も駄目だ」

 一応報告しておく。

「分かった。予備があるから差し替える」


 麻葵にも手を上げるが、通り過ぎる前に止められる。

「他の人には見せたくないから、上から貼っておくね」

 そう言って、鞄から何かを取り出すが、まだ笑っているのか小鼻が膨らんでいる。

「これって、カラーチャートシールか?」

「残念。壁紙の傷み隠し用のシール。撮影とかで使うから、ノングレア。赤がいい?」

「いや白で。昔はどうして、日の丸がかっこよく見えたんだろうな」

「さあ? レースのときには、私はピットには入っていないから。じゃあお休み。風邪引かないでね」

「ああ」



 店のドアを出ると同時に、若葉が店の方へ戻ってくる。

「ああっ。居なくなってる。お詫びもしていないのに」

「おい。若葉。そこにある椅子も、濡れているそうだ。交換」

「えー。これ重いよ」

「自分でした始末は、自分で付けろ」

「はーい」

 ほとんど椅子を引きずって、カウンターの奥へ入って行く。


「良い子じゃない」

「子って。同い年だ」

「その子が、どうして桐人に水を掛けるの?」


「あーいや。電話でどうして付き合ってくれないのよ。なんて言うから。今準備で忙しいし。今気になっている奴が居て。……とまあ、そこまでを言ったら、電話が切れて。店へ来てガッシャンだ。落ち着きがないというか、何というか」

「私の事など気にせずに、付き合えば良いし、気を使われるのは、なんだかいやだわ」

「そうは、言ってもだな」

 そう言って、うつむく隆二に突っ込む。


「それでも、いまの話の流れだと、水をかけることには、ならないと思うけれど」

「あーうん。腐れ縁だし。金を借りていてとか、言う話もしたから多分」

「お金で、あなたを縛っていると?」

「だろうな」

「でも水なんてかけたら、普通なら大騒ぎになって。彼女が代わりに弁済するのかしら」

「あーあいつ。そういう所があるんだ。なにも考えず突っ込んで最悪になる」

「目の前しか見ないタイプね。誰か手綱を取らないと、長生きできないわよ」

「そうなんだよ。まいった」

 そう言う隆二を、麻葵は生暖かい目で見る。


「ふふっ。しかし、そのおかげ。今日は凄いレアものを見られたし、大満足。あっ写真を撮ればよかった。私としたことが、これが若さ故の過ちというものね」

「おまえも大概だな」


 ガン○ムは、桐人の趣味。

 あいつは、アニメの画面を見ながら「美しい」とか言い出す。

 妙に比率とかに、こだわる。

 そのおかげで、麻葵は一度。桐人に傷つけられた。言った本人は、きっと覚えてはいないだろう。


「あっそうだ。隆二」

 厨房の方から、若葉が声をかけてくる。


「あの。さっき居た人の住所教えて。ケーキでも持って、謝りに行ってくる」

「ケーキだぁ? あいつそんなもの食うか?」

 麻葵に向かって聞く。

「ケーキは昔。嫌そうにイチゴショートは食べてくれたけど」


「好きなものは?」

 隆二の問いに、麻葵は淡々と答える。

「大きめの胸だけど、大きすぎるのは嫌みたいよ」

 そこで隆二は、しまったと思い出す。


「まだ気にしてる。好みと言うだけだろ」

 すると、麻葵は隆二に顔を近づけ、嫌そうな顔で言ってくる。

「あいつは、エッチしている最中に言ったの。私の胸を揉みながら」

「おう。そうか。それは初耳だ」

 隆二がそう言うと、座り直す。

「酔ったわね。らしくもない。帰るわ。今晩は楽しい夢が見られそう」


「あれ。帰っちゃった」

「ああ。桐人が早々に帰ったからな」

「へーでも、あの2人。付き合っている感じじゃないですよね」

「まあ。そうだな」

「でっ。住所」

 ぺいっと、名刺が飛んでくる。


「これって仕事場じゃ」

「個人経営だから、事務所と自宅が一緒なんだよ」

「へえ。デザイン屋さん。それで、手土産で好きそうなものは?」

「大きめの胸だそうだ」

 隆二が答え、若葉がむっとする。


「それを聞いて、私にどうしろと。他には?」

「焼き鳥とか、チャーハン。餃子」

「手土産。確かに手土産だけど何か違う」

「唐揚げ」

 それを聞いて、こめかみをぐりぐりする。

 頭痛がしてきた。

「もう良い。帰る」

 そう言って、ドアに向かう。


「気を付けろよ」

 そう言う隆二に、振り向きもせず。答えがくる。

「バーカ。もう知らない」

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