第3話 隆二の誤算

 玄関のチャイムが鳴る。

 時刻は、一時を回ったところ。


「なんだ、隆二か?」

 ドアを開ける。隆二ではなく、若葉という子。


「今日は、すみませんでした」

「もう今日じゃなく、昨日だが。こんな時間に、玄関先で元気よく、ご挨拶はやめてくれ」

「じゃあ。中へ入れてください。チューハイもあります」

「ああ。分かった。隆二には言ったのか?」

「なにがですか?」

「今日来ること」

「今日ここへ来ることは言いました。そのアドバイスに沿って、手土産をそろえましたので」

 どう見てもつまみと、飲み物。宴会用だな。


「ちょっと服くらい着るから、その辺で適当に座っていてくれ」

「体、職業に見合わない鍛え方ですね」

「前にちょろっとレースをしていて、今でも筋トレくらいはしているから」

 風呂から出て、バスタオル一丁で、玄関に出てしまった。

 こんな時間に来るのは、大抵隆二。

 年に数回は、酔っ払った麻葵のこともある。


「それで、いつもなのか? 今日みたいなこと」

「今日みたいなこと?」

「ああ。思い込んで、人に水をぶっかける凶暴さ」

「あーいや。ちがいましゅ。手前に隆二と色々あって、その上でだったので、ちょっと。勢いが、止まらないというか。えへへ」


 そう言って、照れ笑いしながら、酎ハイを差し出してくる。

「ライム? よく俺の好みを知っているな」

「隆二に聞きました」

「ふーん。付き合う気じゃないのか?」

「えっ」

「隆二と」

 そう聞くと、顔が曇る。


「付き合いたいけど、なんだかそんな気は無いっぽくて」

「麻葵が居るせいかな?」

「麻葵さん? あの人は違いますよ。店を始めるときに、お金を借りたとは言っていましたけど」

「なんだ? あいつにも借りていたのか?」

「も?」

「も、だ。さっきも、10万貸してきた」

「そうなんですね。あっちもこっちも。迷惑かけて。ほんとにもう。そういえば、神楽さんて、付き合っている人は?」

「いない。桐人でいいよ。それに、歳もためなんだろ」

 そう言うと、顔が明るくなる。


「桐人さんなんだ。かっこいい名前。私は、寺山若葉です。若葉で良いですよ」

「お互い春の名前だな。桐は若葉の芽吹く頃、花が咲くんだ」

「そうなんだ」


 そんなことを言いながら、話が進み。若葉が変なことを言い出す。

「えーおかしいですよ。麻葵さんは相手と付き合っているのか、よくわからん関係だが。好きな奴がいるって言っていましたもん」

「前に店に入ったとき、二人がキスしてたぞ?」

「えーそれが本当なら。あいつ嘘つきじゃん」

 膝を抱えて、うなり出す。


「ソファーで膝を抱えるな。パンツ見えるぞ」

「えっ。汚れてないし大丈夫。減るものじゃなし。見たいなら良いですよ」

「軽い奴」

 そう言うと、むっとした顔になる。


「いや。身持ちは、堅いですよ。今までに付き合ったのが三人で、エッチしたのが二人なんで」

「まあ、この年なら、そんなものか」


 そう答えると、俺の横に回ってきて座る。

「ねえ。桐人さん。私って、魅力無いですか?」

「いや。好き好きなんぞ、人それぞれだからな。アイドルにでもなりたいのなら別だが」

「そんなのは良いです。ただね。隆二に、こっち向いてほしいだけなのに」

「そりゃ難しい。裸になって襲えば良いんじゃないか?」

「いや。この前それをやったら、逃げられました」


「やったのか? それで、結局中学の時にどうしたんだ?」

「おなじ中学校で、結構荒れていて、下級生の女の子を、二人がかりで脱がそうとしていた、不届き者が居たのですよ。たまたまプール裏の目立たないところで」

「なんで、そんな所に行ったんだ?」

「ちょっと近くに店に、こそっと買い物に行って。その帰りです」

「真面目なことだ」

 頭をなでる。にぱっと笑い。話が続く。


「でまあ。そんなのは良いけど。正義の味方よろしく。「何しているの」って言ったら、一人がこっちに目標変えて。わざわざ結束バンドも用意していたんですよ。信じられないでしょ。ネットがあれば、好きな状態で固定し放題じゃ無いですか」

「うん。そうだな。金網と結束バンドか。便利そうだ」

「あれ結ばれると、なかなか切れないし」

「そうだな」


 手に持ったスルメを振り始める。結束バンドの変わりか?

「それでまあ。危なく私も。名も知らない奴に、初めてを捧げそうになったのですよ」

「うんうん。それで? 隆二君が正義の味方でやってくるのか?」

「そう。かっこよかったぁ」

 そう言って天井を眺め出す。思わず釣られて、上を見てしまった。


「彼ったら、登場して、開口一番。次俺だから、中出しはするなよって」

「はっ?」

「それで彼。襲ってきた二人を問題なく、しゅぱぱって倒しちゃって」

「それで、何故か持っていたナイフで、結束バンドを切りながら言うんです。こんな色気がないところでしなくてもなあ。あんたらの趣味か?」

 そう聞かれて。


「違うって答えたの。下級生の子も」

「じゃあ次は、色気のあるところで。気が向いたら誘ってねって言って、どこかへ行っちゃったの」

「あーそれで、色気のある所へ行ったのか?」

「うん。彼も初めてで、すんごい痛かった」

「どこへ行ったんだ?」

「休憩のある所。全部そろっているからって。ピンクの部屋」

「あーそりゃ。色気はあるな」


「でもさあ、一緒に来た女の子放っておいて、カラオケとかゲームとかさあ。どう思う」

「かっこつけの、照れ隠しだろ」

「あーそうか。そうかなあ」

「多分ね。あいつ奥手だから」

 そう言うと、彼女は一気にグラスの中を開ける。


「そうなのよね。結局その日は、私が襲っちゃったもの」

 そう言って遠い目をする。

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