若葉と桐人 お互いがはっぴい?

第1話 最悪な出会い

「あんたが、そうなのね」

 そう言って、頭の上から、氷と水が降ってきた。


 ここは、とある流行っていないショットバー。その片隅。


 おれは、なけなしの金を握り。

 友人のやっている店で静に、本当に静に。

 自身の、ついていない人生について考え。

 その考察を深めながら、飲んでいた。


 それがこれだ。何故か、頭から水を掛けられる。

 それも、シャンパンクーラーの水。

 シャンパンクーラーってさ、中に結構氷がさ。入っているんだよ。


 どこか尖った部分があったのか、氷を割るピックでも刺してあったのか。

 髪の毛を、手でオールバックにすくい上げ、水を切ると血が手についた。

 こういうときには、言わなきゃいけない台詞があると、先輩に言われた記憶があるから一応言う。

「何じゃこりゃぁ」

 昔からの決まりらしい。面倒なことだ。


 未だに床へと、したたる水を眺めながら、ふと思い出す。


 そういえば、何かはやったな、氷水をかぶる奴。

 あれは何かの願掛けだったな。

 濡れ鼠でそう考えていると、友人。いや悪友の声が聞こえる。

「若葉。そいつは、俺の高校時代からの大事な友人。なにしてくれてんの?ああっ」


 こんなことを言ってるが、こいつは月末。

 売り上げが足りないと、現金をもって飲みにこいと連絡をしてくる。

 俺は独身だから良いが、こいつに貸した金は、もう100万近い。


 そりゃ。おまえにとっては、大事な友人(金づる)だろう。

 カウンターに向き直り、飲みかけのジントニックをまた飲み始める。


 俺に水を掛けた女は、隆二。此処のマスター、松田隆二(まつだりゅうじ)の知り合いらしいし。放っておけば始末が付くだろう。


「おい。隆二。お代わり」

「うん? ああ。良いけど、おまえ。ア・バ○ア・クーで、ア○ロとやり合った後のシ○アみたいに血が出てるぞ」

「額だったのか? じゃあいいや。勲章だ。これから先。聞かれたらア○ロにやられたって言うことにするよ。アレは、サーベルだったよな?」


「切ってもいたし多分サーブル。フェンシング用だがな? まあそれは良いが。いやさすがに、ずぶ濡れで血を流している。そんな奴が飲んでいると俺が困る。肉球の絆創膏がどこかにあったはず。ちょっと待ってろ」

 そう言って持ってきたのは、3cm掛ける3cm位の絆創膏で、中央にどんと肉球が印刷してある。


「この肉球はアライグマか? 指が長い」

「一目で分かるのか? 他のシリーズもあるぞ」

 缶に入った肉球達を見せてくる。要らないと手を振り、持っている奴を額に張って貰う。


 額を指さし、隆二に聞く。

「これは、麻葵(あさぎ)の趣味か」

「うん。まあそうだ」

「仲が良さそうで、良いことだ」

 そう言うと、何故か隆二は嫌そうな顔になる。

「おまえなぁ。おまえが。まあいいや」


 そう言って、ジントニックを作り始める。


「あのう。ごめんなさい」

 モップとバケツを持った彼女が、謝ってくるが。誰だ? ああそうか、水を掛けた彼女か。

「話は付いたのか?」

「あーうん。完全に勘違いで。男の人ですよね」

「髪は長いが、男だ」

「アップにしていると、かっこいいです。それと、肉球はかわいいのですが、怪我までさせてすみません」

 謝る彼女だが、俺の視線というか目がな。

 丁度好みのサイズで、気になって離れない。


「あっジャケット。拭きます。脱いでください。隆二。ごめんタオル貸して」

「ああそうだな」

 そう言って、隆二は奥へ行く。

「聞いて良いかな?」

「はい」

「あいつのこと知り合いなの? 呼び捨てにするような奴は、大抵連れなんだが」


 すると、少し困った顔になる。

「幼馴染みとも、言えないくらい。中学校が同じで」

「そうなんだ。それがまた何で? 偶然?」

「ええ。まあ」


「若葉、タオル。へらぺら下らんことをしゃべるな」

「えーどうしよっかな。お友達なんでしょ?」

 俺のジャケットを拭きながら答える。


「高校からな。隆二が中学のときは知らん」

「じゃあ教えてあげる。あのね」

 すっと、カクテルが出てくる。

 白いワインをベースにハーブとスパイスで作られたドライベルモット ― 30ml、スイートベルモット ― 30ml、炭酸水 ― 適量、オレンジ(香り付け。ピール用) ― 1カットのレシピ。


 カクテル名は、アディントン。沈黙という言葉を持つ。

「黙れってさ」

 俺が伝えると、彼女の頬が膨れる。

「えー。せっかくいい話なのに」

「だまれ。うだうだ言っていると犯すぞ」

 隆二がすごみ。言い放つ。


 だが、それに対する、彼女の反応は。

「えっほんと。やったあ。ついに、手を出してくれるんだ」

 本気で、喜んでいる彼女。

「ちっ。冗談だ」

 落ち込む彼女。


 その光景に思わず。俺の頭に、クエスチョンマークが浮かぶ。

「何だ、その茶番」

 思わず言ってしまった。


 そんなとき、店のドアが開く。

「相変わらず、暇そうね」

「ほっとけ」

 その言い草に、目が光る。


「いらっしゃいませ。でしょ」

「すみません。客様。いらっしゃいませ。オーダーは、いつもの物でよろしいでしょうか?」

「そうね」

 そう言ったとき、店の奥にいる俺が目に入ったのだろう。


「きっきっ桐人。ぷぷっ。くっ。ごめ、ごめん」

 そう言ってそいつは、腹を抱えて笑い始める。

 悪友であり、隆二の恋人。時渓麻葵(ときたにあさぎ)。


 自身が泣くまで笑い倒し、涙を拭う。

「いやぁ久しぶりに笑ったわ。桐人ありがとう」

「いえいえ。どういたしまして」


「うん?珍しいものを、飲んでいるわね。飲めるの? アディントンはステアでしょ」


「まあまあ」

 そう答えると、彼女がため息を付く。

「いつもそう言う。きちんと言わないから駄目なのよ」

「いやまあ、運が悪いだけだよ。俺もあいつも」

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