第7話 解決、そして。

 そう言うと、美樹も話し出す。

「うん。まあ人にも言えないことだし、最初はちょっと言い返したけど、言い負けて。その後は、どんどん自分は駄目なんだと思い込んで、彼に従って。何も考えないのが楽になって。あの晩も彼が離れたって言う安心感と、これからどうしようって言うことが不安で。飲み過ぎちゃった」


「でも、こっちに帰ってきたって言う事は、彼が怖くて、無意識に逃げたって言うことだろう」

「うん。酔っ払って帰って、いたら絶対折檻だもの」

「そうなのか。とんでもないな」


「あのね。ずっと思い出していたの。中学校の楽しかったこと。いっつも私がどんくさくて、困ったら大和がいて。助けてくれて。あの頃はちっちゃかったのに」

 両手の人差し指。隙間を10cm位広げる美樹。


「そんなに小さくはない。少しだけだ。高校の時に、3年間で15cm位伸びた」

「今何㎝なの?」

「177cmちょっと」

「すごい。大きくなったね」

「おまえは母さんか」

 えへっと笑う美樹。


「それでね、病院で手を繋いで貰って、何か懐かしくて嬉しくて。大和が先に診察室へ行くって。手を離したじゃない。その時に、告白のことを思い出したの。ごめんね」

 そう言って、彼女は涙を流す。


「あの事は私の中で、ずっとあったのよ。春休みも、そして高校に入ってからも。ずっと思っていて、すぐに返事が出来なかったことが、悔やまれて辛くて、そう思っている間に、どんどん連絡をしづらくなって。無論。私も好きだったから。でも臆病で、連絡できなくて。そのうち怖くなって。私が振ったと思って、怒っていたらどうしようとか。そんなことを思って。臆病な私は、思い出を封じちゃったのね。きっと。ごべんねぇ。大和ぉ。ごめん」

 そう言って、座っていたベッドから、床に座る俺に向かって雪崩れ込み。抱きつき泣き出した。



 その時、私は告白の記憶と思い出だけではなく、大和への思いも一緒に封じていた事を理解した。

 告白の思い出。それを思い出したことを皮切りに、封じていた思いはどんどんあふれ。まるで自然に、自身の心を満たしていった。

 大和に抱っこされ、背中を包む大きな腕そして、温かい手。

「すごく幸せ」

 思わず、口にしてしまった、自身の思い。その心があふれた。

 この時どこか止まっていた私の心が、静かに動き始めた。

 確かに。何かが変わったのが分かった。


「ごめんね。明日。決着を付けて、お待たせしたけど。返事をするね」

 そう言葉をつむぎ、二人は挨拶のような、軽いキスをした。


「お休み」

 そう言って、眠り始めると、この数年間。ずっとあった頭痛も胃の重さもなく。

 温かい何かに包まれ、ふと気がつけば、朝を迎えていた。


 起きた時にいつもある。こめかみの奥側の痛み。そして頭の重い感じも、心の重さも、わだかまっていた何か。それが何もかもが溶けて、流れたような。すっきりとした感じ。


「うわあ。体が軽い。何年ぶりだろう」

 思わず、口に出る。


 リビング側に行くと、おちびさん達が保育園の構えをしていた。

「おばちゃん、おはよう。今日もまだいるの? 帰ってきても遊べる?」

「うーん多分ね」

 今のは、長男柊君3歳ね。

「はよ」

 小さな声で、おばあちゃんの後ろで、挨拶をするのは楓ちゃん2歳。

「おはよう」

 そう言って手を振るが、隠れてしまう。


「あんたはもう。体調は良いのかい?」

「ご迷惑をおかけしました。大丈夫です。すみませんが、うちの親には」

「おや。もう連絡をしちゃったよ」

「げっ」

 本気で驚くと。お母さんはニコッと笑い。

「冗談だよ。いくら何でも何かあったと、理解くらいはできるさ」

 それを聞いて、胸をなで下ろす。


「母さん、病み上がりの人間を驚かすな。美樹は熱を測れ。柊と楓は忘れ物はないか?」

「んんー無い」

「んっ」

「良しじゃあ。行ってらっしゃい。母さんは夕方にでも少し話がある」

 一瞬怪訝そうな顔をするが、にまっと笑う。

「ああまあ、良いだろう。じゃあ行ってくるよ」


 それから朝食を食べ、弁護士先生のところへ行く。

 昨日、病院から概要は伝えていたので話は早く、所轄の警察署で相談を済ませて、地方裁判所へ保護命令を申立に赴く。


 彼女の会社と、相手の会社にも連絡を先生にお願いして、マンションは退去手続きと引っ越しを依頼する。以外と引っ越しが大変だった。身の回りの必要な物と大事な物のみを先生の依頼で取ってきてもらい。大きなものはそのまま廃棄。

 その際に盗聴器などもチェック。


 無論すべての受け渡しは、担当者が家まで持ってきてくれた。

 彼女の会社も、こっちに近い営業所へ転勤させてくれて、家から通うこととした。


 動き回って、その晩。


「今週末には、須崎さん。美樹の親には挨拶に行くが、今日から一緒に住む事にした。ちょっとゴタゴタがすむまでは、時間が掛かるが父さん達もよろしく頼む」

「まあ、美樹さんも大変だったなあ。おかしな奴が来れば、この辺りならすぐ分かる。しかし、須崎と親戚か。まあいい。それより大和の子供のことは良いのかい。あんた初婚だろ」


「ええまあ。二人とも懐いてくれそうですし、かわいいし」



 そんな話をする。


 そして。

「それでは随分。順番も何もかもバラバラだし、まだきちんと片付いたと言えなくて、あなたや子供達も危険になるのが心配だけど、お付き合いをお願いします。よろしくお願いね」

「長かったな。だが、それもきっと必要だったのだろう」


 そんなことを言った数日後。

 元彼は、傷害事件の犯人として捕まった。


 別の女の子からも、被害届が出たようだ。


 そして、半年後。

 入籍して、身内だけだが、結婚式も挙げた。



「ねえ。赤ちゃんが出来たみたい」

「そうか。病院は行ったのか?」

「鹿目先生のところ」

「じゃあ、紹介状を貰って、まともな病院へ行こう」

「あーうん」

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