さて、皆が知る有名人の自己紹介をしてもらおうと槍壱が手を叩く。


「ほな、じぃさんからも紹介あったことやし、蒼空くん頼むわ!」


 先程のことがまるで何も無かったかのように、ニッと笑顔を見せる槍壱。


「皆さんもう充分ぼくのことをご存知でしょうが、美島蒼空、13歳です。ぼくのことは、気軽に蒼空って呼んで頂けると嬉しいです。それと、ほとんど春宮さんが言ってしまいましたが、職業は探偵業を営んでいます。猫探しから浮気調査まで、勿論、どんな事件も……と言いたいところですが、この神とか言うアルフィーさんに異世界に連れて来させられるとは思いもしませんでしたので、この世界では余り役に立てるかどうかはわかりません。ですので、お互いに助け合いながら頑張りましょう。よろしくお願いします!」


 蒼空に盛大な拍手を送る一同だったが、それもすぐ止み、あれやこれやと蒼空の噂話や事件で持ち切りになる。


「はいはーい、そういう話いちいちしてたら進まんでー」


 周囲の者たちに注意を促す槍壱。


「じゃあ次は、順番的に俺かな。叶、こっちおいで」

「ん……」


 ヤンキーの一人、女の子の膝元で少し眠たそうに座っていた叶を呼び寄せる父親。はいはいしながら進み彼の膝元にちょこんと座る様は、とても愛らしい


「座りながらで悪いな。俺は兎威華蹴といかける。28だ。元いた世界では、喫茶店を営んでいた。喫茶“FULLMOONフルムーン”の店主マスターをしていた。それから、この子は俺の娘で、名前は兎威叶といかなえ。6歳だ。俺は華蹴、娘は叶って気軽に呼んでくれ。迷惑を掛けるかもしれないが、よろしく頼む」


 頭を下げる華蹴の真似をするかのように、ぺこりと頭を下げる叶。拍手が起こるかと思いきや、皆も何故か彼に倣って頭を下げる。


 だが、1人だけ頭を下げなかった者がいた。そうそれは、何故か全身を震わせている蒼空だった。


「まさかまさかまさか!! こんな場所で出会えるなんて思いませんでした! マスター!!」


 蒼空は感激のあまり身体を震わせて、目を爛々と輝かせ歓びを全身で表す。


 ――あの日、立ち寄った喫茶店で口にしたブルーマウンテン……まさか、そこのマスターと出会えるなんて! こんな巡り合わせを運命と呼ばないで何と言うんだろうか!? この日ほど神に感謝したことは一度もないよ!――


 蒼空は無言で立てた親指をアルフィーに向ける。アルフィーは『えっへん』と謎の威張りを見せるが、『たまたまだけど』と舌を出す。


 そんな蒼空の様子を遠巻きで見ていた一同は少し引いており、大和さえも頭を抱えていた。


 しかし、興奮する蒼空が一方的に知っているだけで、華蹴は首を傾げるばかり。


「すみません。驚きのあまりつい興奮してしまいました」


 少し照れる蒼空に声を掛ける華蹴。


「もしかして、俺の店に?」

「はい! 以前、依頼の最中に立ち寄った事がありまして。その時に飲んだブルーマウンテンの味が、今でも忘れられないんです」


 2人は、他の者達を余所に話を続ける。


「ブルーマウンテンは、うちのオススメの一品だからね」

「ですよね! あの、すっきりとした苦味に柔らかな酸味が口いっぱいに広がったかと思うと、後から来る深くて濃厚な甘味の余韻がもう――」

「ぼっちゃま……」


 珈琲の味を語る蒼空に大和が声を掛ける。


「――ハッ?! す、すみません……」

「いやいや。それにしても、13歳でその味がわかるなんて店主冥利に尽きるよ。また機会があれば飲みに来てくれると嬉しい」

「是非! お伺いさせて頂きます!」

「はいはーい。珈琲トークはもうええかー?」


 話のきりが良いところで、2度手を叩く槍壱。


「仲良うなるんはええけども自分ら話長いわほんまに」

「ごめんなさい……」

「ほな次――」


 槍壱が言い終える前に、狐がボワンッと音を立て煙を振り撒く。たちまち煙が消えると、なんとそこには耳と尻尾を生やした男の姿に変化へんげした狐。


 艶のある黄金色こがねいろのウルフカットに黄金色の瞳。聡明さが窺える目鼻共に整った顔立ちに、稲穂の描かれた夜闇を思わせる紫色の着流しが、180cmほどの身長に様になっている。手には扇子を持ち、黒を基調としたそれには満月と鳥居が描かれている。


「急になんやねん! びっくりするわ!」

「すまんのぅ。わしも自己紹介した方が良いかと思って変化してみたのじゃ」


 眠気が飛んだ叶は、男に変化し流暢に人語を話す狐をまじまじと見つめる。それに気付いたのか、照れるように扇子で口元を隠し目を逸らす狐。


「ほなまあ、喋れるんやったら自己紹介してもらおうか」


 狐が変化してもまるで普通に会話を進める槍壱。狐も『待ってました』と言わんばかりの勢いで扇子を閉じると、それで手の平の上を軽く叩いた。


「皆、初めましてなのじゃ。そして、まずは驚かせてしまいすまない」


 礼儀正しく頭を下げる狐。


「さて、わしの自己紹介じゃが……狐じゃ。ただの狐と言うより九尾の狐、つまりは、お主らの間で言う“妖怪”じゃな。妖怪が何故ここにいるんじゃ? と思っておるかもしれんが、ギュッと話を纏めるとなんか巻き込まれたっぽいのじゃ。まあ、これも何かの縁じゃろうから皆よろしくなのじゃ」


 妖怪の類である狐は、意外にも人様に親切なようだ。


「それとじゃ、お主らと意思疎通コミュニケーション? とやらを図る為に、年齢層に合わせた姿に変化したのじゃが、どうじゃろ?」


 蒼空たちに自分の姿を見せ回る狐。その尻尾をもふもふする叶。見てて微笑ましい。


「あと、そこにぶっ倒れておる変な化け物と戦ってる最中に名前も考えたんじゃ。えー……そうじゃ、ラウル・ロペス=アルバ、じゃ」

「どっからツッコンだらいいんや?」

「なんか変じゃったか?」

「じゃーじゃー煩いわ! 炊飯ジャーか!」


 シンと静まり返るその場に、春宮が気を利かせて少しだけ笑う。蒼空も他の者たちと戯れるラウルの様子に、少し笑みを浮かべた。

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