Ⅵ
蒼空の目の前で繰り広げられるその肉弾戦は、意識を取り戻し始めた機動隊をも圧倒するほど。
「少し休憩する?」
少年のその言葉に大和は『ハッ』とする。左の額からつーっと、一滴の汗が顎のところまで垂れる。それを、左手に装着した白手袋でさっと拭う。
「失礼。どうやら目に埃が入ったようです」
「やせ我慢しなくてもいいよ?」
煽ってくる少年に対して、大和は冷静に言葉を返す。
「いえいえ。しかし、子供と戯れているようで少し物足りないですね」
「へー、言うじゃん……じゃあ、アクセル全開で行かせてもらうよ!」
少年の3割程度の力に、大和はMAXの力で対処していたが、正直、合わせるのがやっとなようで少し疲労が溜まってきていた。
しかし、問題ないと自分に言い聞かせ、限界以上の力を出す大和。少年も8割程度、彼と同等の力を出すと、お互いに勢いよく前に飛び出しては、再び、激しくぶつかり合う。
かと思いきや、大和は突然、ふらっと前に倒れる。少年は、大和のすぐ右隣を通り過ぎながら、何が起こったのかとすぐに振り返ると、彼のほくそ笑む顔を見て全てを察した。
――罠か!!――
気付くのが少し遅れた少年に対し、大和は大声で叫ぶ。
「蒼空様!! 今ですぞーーっ!!」
それに応えるように、意識を取り戻していた機動隊3人が、少年の背中に警棒を振り翳す。彼は振り向きざまに『何度も同じ手を』などと思いながら警棒を躱し切り、1人の機動隊の手を掴むと他の2人にぶつけるように投げつける。
だが、その機動隊たちをおとりに蒼空が少年の背後を取った。
「――ッ!?」
これまで以上に驚いた顔を見せる少年。それもそのはず、これまで自分で動こうとしなかった蒼空が、自ら動き背後を取ってきたのだから。
大和も力を出しすぎた反動か少し鼻血を出していたが、そんな事はどうでもいいと言うくらいに『してやった』と歯を見せ笑う。
蒼空は、少年の頭上目掛けて
しかし少年は、それを寸での受け止める。それも蒼空と全く同じ警棒で。
「――やる事が卑怯だって言われた事は?」
「卑怯だなんて失礼な。
警棒で鍔迫り合いをする2人。暫く、警棒で激しい打ち合いを繰り返したものの、蒼空の保っていた
それもそのはず、頭のキレはぴかいちな蒼空だが、大和と違って身体能力は人並み以下。それに、走ったり上ったりしたせいもあって、体力はもう殆ど限界に近い状態だったのだ。
その隙を逃すまいと、追い討ちを掛けるように警棒を振り回したたみ掛けていく少年。挙句に、蒼空の警棒を奪い取ると、近くに転がっていた空のスモークグレネードを、体制の崩した彼の顔面目掛けて蹴り飛ばす。
蒼空は、自分目掛けて飛来する空のスモークグレネードを避け切れず、もろに顔面に喰らうと身体を仰け反らせて、そのまま勢いよく大和の下へと転がっていく。少年は『ストライク!』とガッツポーズを見せながら喜ぶ。
「蒼空様!! 大丈夫ですか?! 蒼空様ーーッ!!」
「大和うるさい! うっるっさい! 耳が潰れちゃう!」
「申し訳ございません。あまりにも心配で……つい」
そのやり取りを見ていた少年は、にやにやしながら2人の下へと近付いていく。
「いやいや。なかなか楽しませてもらったよ。特に蒼空くん! 君のあの振り翳す時の顔、とってもゾクゾクしたよ!」
「貴様ァ……」
「そんなに怒らないでよ大和さん。ボクはね、君みたいな人間に出会えてとっても嬉しいんだ! だって、この神であるボクをこんなに楽しませてくれるんだから!」
「神……?」
神と名乗った少年は両手を大きく横に広げると、まるで重力など無視しているかのようにスーッと宙へ浮き上がる。
蒼い月光に照らされる少年の背中からは、純白に輝く大きな翼がゆっくりと広がっていく。
同時に、閉じていた瞼を開けると、灰色の瞳は何処へやら、右目は金色、左目は碧色。左右非対称に輝く
少年の変貌した姿を目にし、愕然としている2人。大和は、額に一筋の汗を垂らし、喉を鳴らして生唾を飲むと、一言こう呟く。
「まさか我々は本当に神と……?」
「理解が早くて結構。おや? そろそろ時間のようだ」
何かのお告げか。すぐに会話を切る少年。
大和は、すかさず問い掛ける。
「何故このような真似を……」
「……ん? ああ、そうだね。簡単に説明すると、君たちを別世界へ連れていく。だから、その場で動かないで――」
「――待てるか!!」
蒼空は会話を遮ると、機動隊の装備から取ったネットランチャーを、宙に浮いている少年に向けて撃ち放つ。
だが少年は、それすら見透かしていたかのように深くため息を漏らすと、そのネットをひょいっと避ける。
「もっと賢いと思ってたけど」
呆れたように言い放つと、指を鳴らし先程のネットを蒼空に向かって放つ。
それに為す術もなく捕らえられると、じたばたと暴れ藻搔く蒼空。少年がそれに見兼ねて指を鳴らすと、彼は急に寝静まった。
「――何を!?」
「大丈夫。少し眠ってもらっただけだから。時間も時間だし、君も眠っておくといいよ」
「まっ――」
少年は、大和の言葉を遮り指を鳴らすと、彼を一瞬にして深い眠りへとつかせる。それから、ストレッチを始めると、念入りに身体を解していく。
2、3度、深呼吸をして頭と心をすっきりさせると、両手を前に出して呪文を唱え始める。
すると、2人を囲うように金色に輝く六芒星の魔法陣が描かれる。少年が呪文を唱え続けるたび、魔法陣には神代文字が浮かび上がっていく。
呪文を唱え終わる頃には、魔法陣の輝きが増して行き、その場から2人を別世界へと転移させた。
「ここまで苦労した甲斐があったよ。君たちのような人間は滅多にいないからね」
少年は、そう呟くと蒼い月を見上げながら何処かへと消え去った。
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