蒼空の目の前で繰り広げられるその肉弾戦は、意識を取り戻し始めた機動隊をも圧倒するほど。


「少し休憩する?」


 少年のその言葉に大和は『ハッ』とする。左の額からつーっと、一滴の汗が顎のところまで垂れる。それを、左手に装着した白手袋でさっと拭う。


「失礼。どうやら目に埃が入ったようです」

「やせ我慢しなくてもいいよ?」


 煽ってくる少年に対して、大和は冷静に言葉を返す。


「いえいえ。しかし、子供と戯れているようで少し物足りないですね」

「へー、言うじゃん……じゃあ、アクセル全開で行かせてもらうよ!」


 少年の3割程度の力に、大和はMAXの力で対処していたが、正直、合わせるのがやっとなようで少し疲労が溜まってきていた。


 しかし、問題ないと自分に言い聞かせ、限界以上の力を出す大和。少年も8割程度、彼と同等の力を出すと、お互いに勢いよく前に飛び出しては、再び、激しくぶつかり合う。


 かと思いきや、大和は突然、ふらっと前に倒れる。少年は、大和のすぐ右隣を通り過ぎながら、何が起こったのかとすぐに振り返ると、彼のほくそ笑む顔を見て全てを察した。


 ――罠か!!――


 気付くのが少し遅れた少年に対し、大和は大声で叫ぶ。


「蒼空様!! 今ですぞーーっ!!」


 それに応えるように、意識を取り戻していた機動隊3人が、少年の背中に警棒を振り翳す。彼は振り向きざまに『何度も同じ手を』などと思いながら警棒を躱し切り、1人の機動隊の手を掴むと他の2人にぶつけるように投げつける。


 だが、その機動隊たちをおとりに蒼空が少年の背後を取った。


「――ッ!?」


 これまで以上に驚いた顔を見せる少年。それもそのはず、これまで自分で動こうとしなかった蒼空が、自ら動き背後を取ってきたのだから。


 大和も力を出しすぎた反動か少し鼻血を出していたが、そんな事はどうでもいいと言うくらいに『してやった』と歯を見せ笑う。


 蒼空は、少年の頭上目掛けて電気警棒エレクトリックバトンを思い切り振り翳す。


 しかし少年は、それを寸での受け止める。それも蒼空と全く同じ警棒で。


「――やる事が卑怯だって言われた事は?」

「卑怯だなんて失礼な。美食家グルマンって言って下さい?」


 警棒で鍔迫り合いをする2人。暫く、警棒で激しい打ち合いを繰り返したものの、蒼空の保っていた均衡バランスが徐々に崩れ始める。


 それもそのはず、頭のキレはぴかいちな蒼空だが、大和と違って身体能力は人並み以下。それに、走ったり上ったりしたせいもあって、体力はもう殆ど限界に近い状態だったのだ。


 その隙を逃すまいと、追い討ちを掛けるように警棒を振り回したたみ掛けていく少年。挙句に、蒼空の警棒を奪い取ると、近くに転がっていた空のスモークグレネードを、体制の崩した彼の顔面目掛けて蹴り飛ばす。


 蒼空は、自分目掛けて飛来する空のスモークグレネードを避け切れず、もろに顔面に喰らうと身体を仰け反らせて、そのまま勢いよく大和の下へと転がっていく。少年は『ストライク!』とガッツポーズを見せながら喜ぶ。


「蒼空様!! 大丈夫ですか?! 蒼空様ーーッ!!」

「大和うるさい! うっるっさい! 耳が潰れちゃう!」

「申し訳ございません。あまりにも心配で……つい」


 そのやり取りを見ていた少年は、にやにやしながら2人の下へと近付いていく。


「いやいや。なかなか楽しませてもらったよ。特に蒼空くん! 君のあの振り翳す時の顔、とってもゾクゾクしたよ!」

「貴様ァ……」

「そんなに怒らないでよ大和さん。ボクはね、君みたいな人間に出会えてとっても嬉しいんだ! だって、このであるボクをこんなに楽しませてくれるんだから!」

「神……?」


 神と名乗った少年は両手を大きく横に広げると、まるで重力など無視しているかのようにスーッと宙へ浮き上がる。


 蒼い月光に照らされる少年の背中からは、純白に輝く大きな翼がゆっくりと広がっていく。


 同時に、閉じていた瞼を開けると、灰色の瞳は何処へやら、右目は金色、左目は碧色。左右非対称に輝く虹彩異色症オッドアイ


 少年の変貌した姿を目にし、愕然としている2人。大和は、額に一筋の汗を垂らし、喉を鳴らして生唾を飲むと、一言こう呟く。


「まさか我々は本当に神と……?」

「理解が早くて結構。おや? そろそろ時間のようだ」


 何かのお告げか。すぐに会話を切る少年。

 大和は、すかさず問い掛ける。


「何故このような真似を……」

「……ん? ああ、そうだね。簡単に説明すると、君たちを別世界へ連れていく。だから、その場で動かないで――」

「――待てるか!!」


 蒼空は会話を遮ると、機動隊の装備から取ったネットランチャーを、宙に浮いている少年に向けて撃ち放つ。


 だが少年は、それすら見透かしていたかのように深くため息を漏らすと、そのネットをひょいっと避ける。


「もっと賢いと思ってたけど」


 呆れたように言い放つと、指を鳴らし先程のネットを蒼空に向かって放つ。


 それに為す術もなく捕らえられると、じたばたと暴れ藻搔く蒼空。少年がそれに見兼ねて指を鳴らすと、彼は急に寝静まった。


「――何を!?」

「大丈夫。少し眠ってもらっただけだから。時間も時間だし、君も眠っておくといいよ」

「まっ――」


 少年は、大和の言葉を遮り指を鳴らすと、彼を一瞬にして深い眠りへとつかせる。それから、ストレッチを始めると、念入りに身体を解していく。


 2、3度、深呼吸をして頭と心をすっきりさせると、両手を前に出して呪文を唱え始める。


 すると、2人を囲うように金色に輝く六芒星の魔法陣が描かれる。少年が呪文を唱え続けるたび、魔法陣には神代文字が浮かび上がっていく。


 呪文を唱え終わる頃には、魔法陣の輝きが増して行き、その場から2人を別世界へと転移させた。


「ここまで苦労した甲斐があったよ。君たちのような人間は滅多にいないからね」


 少年は、そう呟くと蒼い月を見上げながら何処かへと消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る