美島蒼空の異世界探偵録

The first step is always the hardest．

Ⅰ

「…………ちゃん……そらちゃん」

　とても優しい声で蒼空を起こす女性。それに答えるように蒼空が目を覚ますと、ふわっと香る子供のような甘い匂いに懐かしさを感じる。

　――美島小百合（ママ）？――

「もう朝よ。ねぼすけさん」

「おはよう、ママ」

　眉の少し下辺りで切り揃えられた前髪。背中辺りまで伸ばされた透明感のある黒色ストレートヘア。１５０ｃｍほどの身長に１０代に見間違えられそうな幼い顔には、薄い茶色の瞳。白く透き通る柔らかな肌には、白色のキャミソールワンピースを着こなしている。

　彼女は「おはよう」と言葉を返すと、蒼空の寝ているベッドから腰を上げ、半開きになっている扉の方へと向かう。その扉の前で止まると、振り返り『早くおいで』と手招きをする。

　蒼空は、寝ぼけ眼をを擦りながら身体を起こす。二、三度、瞬きを繰り返し、顔を上げると、彼女はもう扉の向こう側へと入っていた。

　慌ててベッドから降り扉へ近付くと、半開きになった扉の隙間から恐る恐る向こう側を覗く蒼空。

　中はただただ真っ白な空間。その空間を１人で歩いている彼女が、彼に気付くと振り返り優しく笑いかける。

　蒼空は思わず、大きな声で叫んだ。

「――マッ、ヴァッ！！」

「プッ……」

　その叫んだ声は声にならず、代わりに蒼空の近くで笑い転げる少年がいた。

「……どういう状況？」

「はい……フッ……」

　蒼空のすぐ隣に立っていた大和が、顔を逸らしては必死に笑いを堪える。その様子をじっと見て睨みを利かせると、大和が咳払いをし手短に説明をする。

「中々起きる気配がないぼっちゃまを、こちらの少年、“神様”が起こして下さったのです」

「やあ、蒼空くん！　いい夢見れたかい？」

　満面の笑みをみせる少年の言葉で、夢の中で会った自分の母親を思い出す。

「うん……まあ」

「おっ、やっと起きたんかいな」

　聞き慣れない口調に、ふと顔を上げる蒼空。そこには、少年に頭蓋骨固め（ヘッドロック）を掛けながら彼のこめかみをグリグリしている陽気な男性。

　１７５ｃｍほどの身長に、黒色のコンバットブーツと右腿にジッパーが２つ付いたスキニーパンツを履き、腰には本革の黒色ベルトを巻いている。尾錠の間には鷲型をしたツク棒、ベルトの右側にはチェーン。それから、両袖に透かし編みのあるダメージ加工の入った黒色ロングＴシャツを着用し、首元には白黒の格子（チェック）柄アフガンストールを巻いている。

　金色に染め上げられた長い髪が風に靡（なび）くと、前髪で隠れていた青く澄んだ瞳が現れ、シュッとした顔を引き立たせる。

「おはようさん。ぼーっとして、まだ眠いんか？」

「――あっ、いえ……あの、どちらさまですか？」

「……確かに！　そら、そうなるわな！　すまんすまん」

　起きて早々、知らない人から声を掛けられたら怖いなと改めて思った男性は、軽く謝罪をすると続けざまに話す。

「わいは、早乙女槍壱（さおとめそういち）。気軽に下の名前で呼んでくれたらええで。とりま、みんなんとこ行こか」

　そう名を名乗った槍壱は、３０ｍほど離れた場所にある大きな岩を親指で後ろ差す。そこには、４人と狐が集まっていた。

　そこへ向かおうと立ち上がって辺り一面を見渡すと、空は雲一つない快晴。果てしなく続く広大な草原に遥か遠くに聳え立つ山々。

　先程の大きな岩から数ｋｍ歩けば森が広がっている。それに、ここ数日、雨が降っていないのかカラッとしていて、吹き抜ける風がまた心地良い。

　――空気も澄んでいて深呼吸するたびに心が落ち着く――

「……じゃなくて、ここ、どこ？！」

「どこって、そら異世界やろ？」

「い、異世界？」

　槍壱もあまりよくわかっていないのか、疑問形で言葉を返す。しかし蒼空は、アニメや漫画でしか聞いたことがない世界に自分がいることに疑問を抱く。

「なんや考えんのはあとにして、さっさと向こう行くで」

「ぼっちゃま、お手をどうぞ」

「ああ……うん」

　蒼空は、言われた通り考えるのをあとにして、大和の手を取って立ち上がると、大きな岩が立つ方へ向かう。

　――目を覚まさないからって好き勝手してさ……どうせ、さっきのも大和（じぃ）の悪知恵でしょ――