撤退を無視して、その様子を別のビルから見ていたスナイパーたちは、少年の余裕そうな顔に苛立ちを隠せない。


「「あまり大人を舐めるなよ!!」」


 突然、蒼空のBluetoothから聞こえてくる男女4人の叫ぶ声。だが、彼のモノクルを掛けた右目は、少年がほんの一瞬だけ見せた表情を見逃さなかった。


 ――ダメだ。撃っちゃダメだ!――


 少年はまるで『邪魔をするな』とでも言うかのように、僅か0.05秒間、スナイパーのいる方を凄い剣幕で睨んだのだ。


 そして、蒼空が言葉を発するよりも早く、彼らが再び発砲すると、撃ち放たれた4発の弾丸は、見事に少年の頭部、胴体を貫き命中……したかと思われたが、その少年はただの残像でありすぐに消滅した。


「危ないなぁ……力、使っちゃったじゃん」


 そこにいた全員が息を呑む。『人間じゃない……』と。その場で見ている誰もが思った。また動こうにも動けずにいた。


 残像とは別の場所から現れた少年の両手には、スナイパーたちが撃った4発の弾丸。それを見た蒼空が察するよりも早く、機動隊の1人が声を張り上げながら、少年に向けて銃を連射していく。


 だが少年は、機動隊に一瞬で近付くと「寝てなよ」と言い放ち、顔面に回し蹴りを喰らわせ、盾を構えた機動隊の3人のところへ蹴り飛ばす。


 それから、両手に持った4発の弾丸をお手玉のようにして遊ぶと、スナイパー達が撃った12発の弾丸へと増やして、それを彼らに投げ返そうとする。


「命令はちゃんと聞かないとね」

「――逃げて!!」


 蒼空の叫ぶ声で、その場に立ちすくんでいたスナイパーたちが、装備をそのままに急ぎ撤退する。


 その時間稼ぎに、大和が少年の下へ凄まじい速さで駆け寄ると、両手の拳を連続で繰り出していく。


 しかし、その大和の猛攻すら華麗に躱していく少年。しまいには、彼の顎に蹴りを掠めてバク宙をしてみせては、背中を向けて撤退するスナイパーたち目掛けて12発の弾丸を投げ放つ。


 蒼空も大和も投げ放たれた弾丸をスローモーションで見るかのように目で追いかける。だがそれは、一瞬でスナイパーたちを貫いた。1人辺り3発ずつ、腕、足、肩と致命症を負わない箇所に銃弾を受ける。声にならない声を上げ、4人はその場で力無く倒れた。


 蒼空はBluetoothで話しかけるもスナイパーたちからの応答はない。大和は沸々と怒りを湧かせ少年を睨み付ける。


「怖い怖い」


 茶化すように言葉を放つ少年の背後に近付いていた機動隊の3人が、再び警棒を振り翳す。だが、それも飽きたように、ただただ面倒臭そうに躱す。


「もう飽きた」


 少年は、機動隊の3人にそう言い放つと、目で追うのもやっとな動きで彼らを圧倒させ、一瞬にして気絶させる。


「肩慣らしは、もういいかな」


 蒼空は、再び拳を握り締め歯を食いしばる。それもそのはず、今までどんな事件もこんなに苦戦を強いられる事はなかったからだ。


 それに蒼空にとって、これは練りに練った計画。その作戦の殆どを失敗に追い込まれて、悔しいはずがないのだ。


 だが大和は違った。怒りを湧かせつつもそれを表に出さず、蒼空に「私奴わたくしめが」と一言。


 蒼空も「頼むよ」と返す。


 大和は、両手の白手袋を付け直すと、先程の目付きとは打って変わって、更に鋭く少年を睨み付ける。その瞳の奥は、静かに殺意を込めている。


「君のその目……いいね! 人間とは思えない殺気を感じるよ。ボクも少し本気を出そうかな」


 少年は、大和から強い殺意を感じ取ったのか、彼を挑発しながら軽く柔軟体操ストレッチをして身体を解していく。


 大和も久々に本気を出すのか首を鳴らし、同じように身体を解す。


 この間も大和と少年はずっと睨み合ったまま。しかし、互いに強者にしかわからない胸の高鳴りを感じていた。彼らは拳を構える。深く呼吸をし息を整えると、お互い笑みを浮かべて激しくぶつかり合った。

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