II
――ビル屋上。
超高層ビルから地上を見下ろせば、夜闇に負けまいと、人工で作られた建物の明かりや行き交う自動車のライトで、街は光に埋め尽くされている。ここから見渡す景色は、何処のどんな夜景スポットよりも絶景を見られること間違いないだろう。
ビルの屋上にいち早く上っていた少年は、室外機に両腕を着いて座り、地上から見上げるよりも大きく見えるブルームーンを暇そうに眺めながら老紳士と探偵を待つ。
――月までの距離はおよそ38万km。こんなに近い距離だと、手を伸ばせば届きそうだね――
余裕をかました少年のいる屋上に隣のビルから軽々と着地した老紳士。彼は「ご覚悟ッ!」と言い放つと少年に拳を身構えた。
だが、老紳士の背後から何やら壁をよじ上るような音。彼がゆっくり後ろへ振り向くと、とても疲れ切った表情をした探偵が、屋上の
だが探偵は、自分の状況などお構いなしに老紳士に指を差すと「ぼくの台詞!」と涙目を浮かばせながら叫ぶ。
その言葉にうっかりしていたのか『やってしまった』と手の平で顔を覆い天を仰ぐ老紳士。
まず、探偵が遅れてきたのが悪いのだが、彼はそれを一切悪びれる様子も見せず、指を差した腕を縦に振り老紳士にぶつぶつと文句を垂れる。
だが、屋上のパラペットにしがみ付かせていた片方の腕が耐え切れなかったのか、ずるりと滑り落ちてしまう。彼は『あ、死んだ……』と瞬時に察すると、目を瞑り安らかな顔で下へと落ちていく。
「――ぼっちゃま!!」
――
冷静沈着な態度は何処へやら。血相を変え大声で叫んだ老紳士は、凄まじい速さで駆けると、探偵が落ちていく場所に躊躇わず我が身を乗り出す。
そして、パラペット部分を左手で鷲掴むと、間一髪で彼の右腕を掴み屋上へと引き上げた。
屋上の平場にへたり込む探偵は、後頭部を掻きながら「ごめんね
「全く……格好が付きませんぞ、
大和と呼ばれた老紳士は、探偵を“蒼空”と様付けで呼んだ。彼も、平静を装い燕尾服の皺を伸ばす素振りを見せてはいるが、額には少しばかり汗を掻いている。だが、その汗1つさえ見せまいと、ハンカチを取り出す。
そのハンカチは、白を基調とした柔らかな肌触りで、心地良いフランス産リネン100%を使用している。
端には大和のイニシャルである“Y”と刺繍が入っており、それで汗を拭った彼は、蒼空に手を差し出し立たせる。
身に纏った服の皺を伸ばし、少年の方へと向き直る2人。もう、お気付きだろう。彼らは主従関係であり、又、探偵×助手とお互いを深く信頼した関係性であることに。
「さて、茶番はお終いかな?」
こちらに気付き、
それから、座っていた室外機の上からひょいっと降りると、履いている白い短パンに汚れが付いていないか執拗に気にしだす。
大和は、少年の挑発的な態度やふざけた振る舞いに若干、頭に来ているようで、その鋭い目つきで彼を睨み付ける。
今にも飛びつきそうな大和が『だめだよ』と蒼空に
「それで?」
少年は、どう言う用件か知っているにも関わらず、胸の辺りで両手を組むと室外機に凭れ掛かり、敢えて挑発的な態度を取る。
「余裕綽々と走っていた割に意外とせっかちなんですね」
蒼空は嫌味たっぷりに言葉を返すと、モノクルを指の腹で押し上げる。それに対して少年は、少し笑みを浮かべると、ただ無言を返した。
「では、単刀直入に……――君が犯人だ!」
蒼空から急に指を差された少年は、急すぎてきょとんとしている。
「……あの、ぼっちゃま。それでは、単刀直入すぎて意味がわかりません。まず経緯を説明してみては?」
有ろう事か、探偵の
「これは失礼。少し面倒臭いですが、ぼくの推理を聞いてもらいましょう」
「本当に探偵なの?」
少年の言葉をそっちのけでわざとらしく咳払いをすると、ディアストーカーを少し深く被る。探偵モードに入った蒼空から漂う雰囲気が、ガラッと変わった。
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