美島蒼空の異世界探偵録
櫟ちろ
Once in a blue moon.
Ⅰ
――2020年10月31日。
秋の夜風が心地よい満月の日の夜。
この日は、ひと月に2度目の満月で
夜空に煌々と輝くその月の周囲には、点々と光る星がまるで引き立て役のように散らばり、薄雲はステージに焚かれるスモークのように広がっている。
蒼い月光に照らされた地上の街では、「Trick or Treat!!」と叫ぶ可笑しな仮装をした人々で溢れ大賑わい。
中でも、狼の仮装をした若者たちが、月に向かって遠吠えの真似事をしたりと大いに楽しんでいる。
だが、こんな騒々しい街にも関わらず、人知れず屋根伝いを駆けていく3人の影。
先頭を駆けているのは、140cmほどの身長に真っ白なパーカーと短パンに身を包んだ“少年”。白く柔らかな肌、透明感のある白い髪は、ストレートショートにセンター分けといった可愛らしい髪形で、中性的な顔と灰色の瞳に絶妙にマッチしている。
そんな可愛らしい容姿とは裏腹に、普段からパルクールでもしているのか、華麗な身の熟しで建物間を軽々と飛び越えていく。
その少年を約20mの距離から様子を窺いつつ追いかけるのは、今時、滅多に見かけることのない黒色の
身長は180cmと高く、白髪交じりのオールバックが似合う渋い顔。鼻の下には白い髭を生やしており、黒色の瞳をした左目には
さて、前方の2人から100m離れた場所で必死に走っている1人の少年。前方の2人との距離間を保つのが精一杯なのか、額からは大粒の汗を幾つも垂らし、肩で呼吸をするほど酷く息を切らしている。しかしそれでも彼は、諦めず一所懸命に走っている。
こんな少年ではあるが、実は彼、この物語の主人公である。
身長は先頭の少年と差ほど変わらず、中性的な顔立ちではあるが、頬は餅のように柔らかな肌質。薄茶色の瞳をした右目には
彼もまた珍しい恰好をしている。頭には
まさに、“探偵”と言わんばかりの
さてさて、この“探偵”と“老紳士”。どうやら、先頭の“少年”を追いかけているようだが、一向に距離が縮まらない。
その一方、先頭の少年はと言うと、疲れている様子など一切見せず、まるで、かけっこでもして遊んでいるかのように笑みを浮かべ余裕の表情で走る。
ところが、そんな少年の目の前に超高層ビルが聳え立つ。彼は、そのビルの前で少し立ち止まり、くるりと後方へと振り返ると、距離を縮めて来ていた2人に向かって「早くおいでよ」と挑発めいた言葉を吐きながら大きく手を振った。
だが老紳士は、少年の挑発を目にした途端、額に血管を浮き上がらせる。少し頭に血が上ったのか「ならば……」と呟くと、右足を強く踏み込み、勢いよく前に飛び出していく。衰えを知らないのか、その勢いは老体と思えないほど凄まじい速さで駆け、少年との距離を一気に縮めた。
――少年との距離、約10m。
老紳士は、少年を捕らえようと両手を突き出す。しかし少年は、それをあっさり躱し背後の超高層ビルに横向きで立つと、そのままビルの壁を駆け上がっていった。
少年の人間業ではない行動を目の当たりにした老紳士は、超高層ビルの下で立ち止まり『ふぅ……』と息を吐いて心を落ち着かせる。
顎に手を添えながら辺りをゆっくりと見渡す。数秒ほど思考を巡らせた後、目の前に聳え立つ超高層ビルではなく、周辺に建ち並ぶビル群へと目を向ける。そして、そのビル群の方へと駆けていき、階段を一段飛ばしで上るような感覚でビルを上っていった。
一方、その頃……。
一番遅れて超高層ビルに辿り着いた探偵。その場で止まって前屈みになると、膝に手を置いて酷く息を切らす。走っている最中でさえ息も絶え絶えだったのに、今は最早、呼吸困難レベルまで達している。暫くの間、ゆっくりと何度も深呼吸をして息を整える。
その間にも先の少年と老紳士は、着々と超高層ビルの屋上近くまで上り詰めていた。
探偵は少し焦りを感じながらも、ある程度まで息を整えると、目の前に聳え立つビルから視線を外して辺りをゆっくりと見渡し始める。
すると何やら目星をつけたのか、少しずれていた右目の
それから、腰回りに付けたポーチから鉤縄を取り出すと、幾度か振り回し勢いよくそのビルへ投げつける。
しっかり引っ掛かっているかを何度も引っ張り安全性を確かめると、縄の部分を両手で強く握り締め、助走をつけて向かいのビルへと飛び移っていった。
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