III

 これまでの出来事を一つ一つ丁寧に話していく蒼空。


「――始まりは“一通の手紙”からでした」

「封の中には、“行方不明者9人”の名前と写真が記載されたリスト」

「日本に帰国したぼくたちは、すぐに調査をしましたが、不思議なことに大した結果を得られませんでした」

「そこで、警察組織の協力の下、捜査会議を開き調査を開始しました」


 一呼吸置き、話を続ける。


「調査の結果、ここ数日で行方知らずとなった該当者は、リストに記載されている9人の内、“4人”」

「その4人が行方知らずとなった理由は簡単です。監視カメラの映像全てに君の姿が映っていたからです。ね? 簡単でしょ?」


 人差し指を立て笑みを見せた蒼空は、帽子の鍔を掴み少しだけ位置をずらし直すと、両手をコートのポケットに突っ込み、その場を往復しながら話を続ける。


 蒼空の一歩後ろにいる大和は、その推理の一言一句に耳を傾けながら顎に手を添えて頷いている。


「ですが、疑問点が二つ。まず一点、監視カメラの映像には、君が彼らを攫う様子は映っておらず、ただ何もせずに静観しているだけということ」

「もう一点は、その4人の消え方の不可解さ。トラックに“轢かれた親子”、住宅街の夜道を歩く“極道ヤクザ”、大きい橋を渡っていた“高校一年生”、彼らはなんの前触れもなく忽然と姿を消したことです」


 再び一呼吸置く蒼空。


「この二点から捜査会議の結果、君を第一容疑者と見做すことにしました」

「するとどうでしょう? まるで待っていたかのように現れた君は、ぼくたちが問い詰める前に逃亡。つまりこれはもう『私が攫いました』と言っているようなものですよね?」


 蒼空は目深に被ったディアストーカーの鍔を人差し指で上にあげ、少年に問いかける。大和が『流石です』と微笑ましい顔で盛大に拍手を送った。


 その推理に「お見事」と、わざとらしく間を開けながら称賛の拍手を送る少年。


「お見事ってことは、認めるんだ?」

「フッ、フフッ……」


 少年は下に顔を向けると、口に手の甲を当て噛み締めるかのように笑いを堪える。そう、彼は気付いていた。蒼空がコートの中で携帯を操作し、警察に指示を送っていたことに。


「?」


 少年の様子に首を傾げる2人


「コホン! ボクも推理してあげよう!」


 少年は、わざとらしく咳払いをすると、手を大きく広げて勝手に推理を披露し始める。


「向かいに建ち並ぶビル4棟には、各1棟に1名ずつ配置された狙撃手スナイパー。ボクの背後にある非常階段の扉の向こう側には、機動隊が待機中。それと、地上にはたくさん警察がいるね」


 蒼空は、入念に練った作戦をこうもあっさり見破られるとは思わず、目を見開く。遂にはギリギリと歯軋りをし出すと、両手を握り締め肩を震わせながら下を向く。


 大和も主人蒼空をこけにした少年と自分の不甲斐無さに相当腹を立てている。


 だが2人は、ここまで見抜かれては黙っていられないと行動に出る。


「……大和」

「――ええ!!」


 蒼空と大和は横目で視線を送り合うと、左右に分かれ少年に詰め寄っていく。


 蒼空は、少年から30m離れた位置で止まり、コートの左側内ポケットから右拳より少し大きな発煙手榴弾スモークグレネードを取り出した。


 『ふぅ……』と息を吐き、スモークグレネードのピンを抜くと、大きく腕を振りかぶり、彼の足下目掛けて思い切り投げつける。まるで野球の投手のようにも見えるが、その投げ方は見掛け倒しの素人そのもの。


 だがそれも計算に入れていたのか、少年から少し離れた付近に落下して転がっていく。そして、彼の右足下にちょうど止まると、言葉を発するよりも前にスモークグレネードから一気に煙が噴き出して、辺り一面を覆っていく。


 しかし、視界を遮られたのにも関わらず、焦る様子を一切見せない少年。再び、両手を頭の後ろで組むと呑気に欠伸を一つする。


 そんな油断だらけの少年に近付いていた大和は、煙幕の中に飛び込むと、彼の死角である左斜め後ろから飛び掛かる。


 しかし少年は、それをひょいっと躱す。


「随分、素早い動きだね」


 その挑発をあしらうように『フッ』と鼻で笑う大和は、本来の力より1割未満の力で何度も飛び掛かる。


 だが、無闇矢鱈むやみやたらに飛び掛かり続けている訳でもなく、同時に少年の反射神経、柔軟性、視線の動き、行動パターンを見極めようとしていた。


 しかし大和は、少年の余裕な態度に少し違和感を覚えた。


 それもそのはず、少年は大和の1割よりも力を出さずに躱し続けていた。ところが、それにも少し飽きたのか急に手を抜き始める。


「お疲れですかな?」


 少年は、大和の的外れな言葉にわざと油断をみせると、飛び掛かってきた彼に右足首を強く掴ませる。


「――やるね!」

「そちらこそ……」


 どこか怪訝そうな顔をする大和。


 それも束の間――少年は、大和に強く掴ませた右足を軸に、ぐるっとその場で1回転してみせると、左足の踵で彼の左頬を思い切り蹴りつける。


 それに対して大和は、瞬時に反応し左腕で上手く防いだものの、煙幕の外側へと蹴り飛ばされてしまう。


「大和ッ!?」


 煙幕の外側で待機していた蒼空は、蹴り飛ばされてきた大和に目を見開くと、慌てて彼の下へ駆け寄る。蒼空が動揺を示すのも無理はない。何故なら、大和が相手の後手に回るようなことは、今まで一度もなかったからだ。


 ところが大和は、蹴りを受けた左腕の袖の皺を伸ばすと「大丈夫です」と蒼空に横目で言い放ち、すぐに煙幕の方を見据えた。

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