第8話「アルベール:〈知覚の勇者〉」
――君たちは祖国に騙されている。
――魔王なんて本当はもう存在しない。
――〈約束の地〉へたどり着けば、君たちは廃棄される。
そうまっすぐに伝えたところで、はたして何人の勇者が本気で取り合ってくれるだろうか。
「――もう、疲れたよ」
かの〈約束の地〉へ最も近い港街。
目と鼻の先に魔王の居城を構えながら、交易の要衝として少なくない数の人民が行きかうその街に、ひとりの勇者がいた。
「はたして僕のこの悪あがきは、意味があるのだろうか」
わずかにカールした金髪。小柄な体躯に、整った目鼻立ち。
しかしその美少年と呼ぶにふさわしい顔には、少年と呼ぶにはいささかそぐわない重い哀愁が漂っている。
――今日も日が沈む。
この港街にたどり着いてから、何度この夕日を眺めただろうか。
港からいくばくか坂道を上った先にある宿泊所に、祖国からかすめてきた金貨を元手にして長いこと連泊している。
――いっそのこと、力づくで彼らを止める力が僕にあれば、なにかが変わったかな……。
少年はそんなことを思いながら、大きなため息をついて窓辺を離れる。
そのときだった。
――なんだ、この力の波動は。
少年は勇者だった。
そして少年に与えられた二つ名は、〈知覚の勇者〉。
少年には、魔術を介さずに本来常人には知覚不可能な事柄を知ることができる力があった。
「――〈約束の地〉」
方角はかの勇者の廃棄場。
再び窓辺に寄り、目をつむる。
自分でもいまだに理解できていない知覚能力の糸を、海を越えその果てに伸ばす。
――〈勇〉者だ。
理屈抜きに、そう確信した。
今、どこかの勇者が、その力を解放した。
膨大な魔力が込められたなにかがその力によって四散し、空間に消えていく。
――廃棄術式が消えた。
違う、その勇者によって破壊されたのだ。
――あんなものが?
〈約束の地〉にトラップのように設置されていた超大規模な焦土術式の存在は知っていた。
だから〈約束の地〉へ旅立つ勇者たちを、なんとか留めようとした。
どれだけ強い加護を持っていても、それを止めることや避けることはできないと思っていたから。
しかし、
――計り、きれない。
力の波を追ってその勇者の影に触れる。
伸ばした知覚の糸は、その勇者の肩にほんの少し触れた瞬間、電撃を浴びたように震え、力を失った。
「――〈魔王〉」
少年の口から、ふとそんな言葉が
◆◆◆
――どう、動くべきかな。
〈力の勇者〉ノアハは、船の中でいくばくか〈花の勇者〉シエラと情報の共有を図ったあと、次に自分がどう動くべきかに思案を手を伸ばした。
「ほかの勇者が今現在も海を渡っている可能性はあるのでしょうか」
ふとシエラが悲しげな表情で言った。
――そう、それが気がかりだ。
さきほどの大規模焦土術式のあと、祖国の追手以外になんらかのトラップが発動した様子はない。
おそらくあれが勇者の廃棄と再生産を推進する者たちの〈約束の地〉における切り札だったのだろう。
その術式は自分が破壊した。
自分を追ってきた祖国の追手たちも虫の息ではある。
――でも、俺と同じようにその勇者の死を確認する部隊が動いている場合は……
ノアハには目的がある。
まだすべての輪郭が固まっているわけではないが、その軸となる部分は変わらない。
――勇者召喚陣はすべて破壊する。
そしてもう一つ。
――今現在この世界に呼び出されている勇者を、俺と同じ目には合わせない。
そのために、自分はどう動くべきか。
「せめて、この海域に勇者がいないことがわかれば――」
そう小さく口からこぼしたとき、それは来た。
【聞こえるかい、勇者】
ノアハの頭の中に、澄んだ少年の声が響いた。
【僕の名前は〈アルベール〉。君と同じ――勇者だ】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます