第6話「生み出した責任を、今この時代に」

 ゼファーの周囲で武器を構えていた兵士たちが唖然としている。

 対する勇者は彼らをぐるりと見まわし、


「もし生き残ることがあったら祖国に伝えろ。『約束の地には本当に魔王がいた』と」


 同じように掌を向け、目に見えない暴圧的な力で彼らをすべて吹き飛ばした。

 それから勇者は遠くに吹き飛ばしたゼファーが口から血を吐き出しながらもかろうじて息があることを確認し、もう一度掌を向ける。


「――〈星引せいいん〉」


 すると今度はなにかに引かれるようにゼファーの体が猛スピードで戻ってきて、勇者の目の前でぴたりと止まる。


「が……はっ……」

「あてが外れたな、ゼファー」

「き、きさま……なんの加護を……」


 息も絶え絶えながらそう問うゼファーに、勇者は答えた。


「……俺の加護は『力』だ。もしさっきのお前の話が正しいのであれば、かつての魔王と同じだな」

「っ!」


 痛みと驚きに目を見開くゼファーの体はすでにぼろぼろだ。

 立った状態から急激に強烈な力で押し出された影響と、最後に崖に激突した衝撃でまともに立てる状態ではない。


「く……そっ……! それこそ、我々が求めていた……」

「そうか。やはりお前たちは勇者召喚陣を使えても、加護の正体については勇者本人に聞く以外に知る方法はがないんだな」

「どうして、最初からそうと、言わなかった……!」

「お前たちの目は口ほどにものを言っていたよ。シエラの国のように、もしかしたらもっと丁重に、勇者を同じ人として見てくれる国もあったのかもしれない。けれど、少なくともお前たちは俺を、最初から同じ人間だとは見ていなかった」


 それを悲しいと思う感情もどこかで封印した気がする。

 なのに、さきほどまでのゼファーとの会話で、真実を知ることで芽生えてしまったある目的のせいで、人として封じていた感情がまた漏れ出してきていた。


「そしてそんなお前たちと同盟を結ぶような、同じ考えの者たちがまだいるらしい。――魔王はもういない。勇者が呼ばれる本来の目的は、もうない。だから、こんなことはここでおしまいにしよう」


 この世界に呼ばれていくばくか。

 生まれた瞬間から抱いていた空虚さ。

 人として扱われなかったからこそ埋まらなかった生きる意味という空白のピース。

 シエラと出会い、ほんの少し救われた。

 真実を知り、ふと思うことがあった。


 ――たぶん、どちらが欠けていても俺はこんな思いに至らなかっただろう。


「やっぱり俺は、魔王になろう。俺が生き続けるかぎり、お前たちは次の勇者を呼べない。勇者召喚を国家の私利私欲のためだけに都合よく使おうとするお前たちにとっては、俺はある意味魔王だ。そして――」


 そのときはっきりと、勇者は自分の生きる意味を見出した。


「もしほかに勇者がいるのであれば、俺は今代の魔王として、彼らにとっての生きる意味になろう。こんな思いをするのは、俺たちで最後でいい」


 勇者召喚の本来の目的であった悪逆の魔王はもういない。

 だが、それをほかの勇者たちが知るのはこの約束の地へ至るときだ。

 そして彼らは真実を知ると同時に廃棄される。

 次なる勇者を呼ぶため。

 よりよい加護を持った勇者を利用するため。

 人知れず勇者は生贄にされていく。


 ――そんなの、悲しすぎるじゃないか。


 つ、と。自分の意志とは裏腹に勇者の頬をつたうものがあった。


「泣いて……いるのか、貴様……」

「……今日から真実は塗り替わる。魔王は存在するし、その魔王はどうやら勇者を目の敵にしているらしい。倒しても倒しても生まれてくる勇者をどうにかしようと、魔王は勇者を生み出す召喚陣を――壊すことにした」

「っ!」

「まずはお前たちからだ、ゼファー。――勇者まおうを生み出した責任を、今この時代に負え」


 そう告げて勇者はゼファーの頭を掌で包むようにつかんだ。

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