第5話「その勇者の正体は」

 〈花の勇者〉シエラは、勇者と違って比較的祖国と良好な関係のうちに約束の地へと送り出された。

 呼ばれた直後、戦闘に役立たなそうな花の加護しか持たなかった彼女へ、彼女の祖国は魔術を含む護身術を教えた。

 衣食住に困ったこともなければ、ときたま市井に繰り出して日常を味わうことすら許されていた。

 だからこそ、この約束の地で自分を葬らんとする巨大な魔導性の隕石を見たとき、強く裏切られたと思った。

 よぎったのは自分を送り出してくれた者たちの悲しげな顔。

 最初は魔王を討ちに行く自分を案じてのことだと思ったが、それは違った。


 ――あれは、悲哀と罪悪感が入り混じったもの。


 彼らはこの魔王なき世界において、勇者召喚陣を使って勇者を呼ぶことに、人並みの罪悪感を抱いていた。

 なぜ自分を呼んだのか、すべてを知った今でこそわかることがある。


「わたしの祖国は、とても力の強い隣国に宣戦布告されていました」


 たぶん、魔王とはなんら関係のないその祖国の危機を救うために、古代の遺物を使用したのだ。


「結果、私には彼らの国を救うような力がありませんでした」

「はは、よくある話だ。勇者召喚陣を所有している国家はそう多くはないが、各々に都合よく利用しているという点ではおおむね共通している」


 それほどに加護の力は貴重で強力だった。


「ちなみに貴様はどこの国の勇者だ? 我々も一枚岩ではなくてな。趣味の合う勇者召喚陣の保有国は同盟を結んでいることが多い。我が国と趣味が合うとはとうてい思えんが、もしかしたら知っている名かもしれん」

「ウィンブルーム王国です」

「ああ! ウィンブルーム! ははは! これは傑作だ! ウィンブルームはつい三日前に我らが同盟国によって陥落し、国土の大半を焼かれたぞ! はは! ははは! そうか、勇者の傀儡化に苦言を呈していたあの国も最後には勇者にすがったか!」


 ゼファーがここぞとばかりに哄笑をあげる。


「あげくの果てに呼んだ勇者ががらくただったとは! やつらの無念もおもんばかれるというものだ! 無能どもにはお似合いの最期だったな!」

「黙りなさい。私を侮辱するのは構いませんが、私の祖国を侮辱するのは許しません」

「は、よくぞ短い時間でここまで勇者を懐柔したものだな。祖国祖国と貴様らは口にするが、どこから来たのかもわからない人間まがいの道具がいっぱしにこの世界の同胞を気取るな」

「っ!」


 シエラが手に持っていた剣を構えて一歩を踏み出そうとする。


「よかった」


 しかしそれを、ふいに立ち上がった勇者が制した。

 ふと気づくと、勇者の穿たれた傷がすべて――消えていた。


「シエラは俺と違って、ちゃんと大事にされていたんだな」


 勇者はひざ下についた雪を軽い調子で払ったあと、弾丸で打ち抜かれた右腕の動作を確認するように何度か振って見せる。

 そして再びシエラを背に隠すように歩みだし、ゼファーを見据えた。


「……なんだ、貴様、傷は――」

「うろたえるなよ、ゼファー。俺は今機嫌がいい。こんなにいい気分になったのは生まれて――そう、この世界に生まれてはじめてだ」


 勇者は状況に反して気味の悪いほど快活な笑みを浮かべてゼファーに歩み寄る。

 その一歩にたじろいだゼファーがとっさに手で合図を送り、直後にさきほどと同じような乾いた音が鳴るが、


「最初から見えていたし、どうすることもできたよ」


 勇者はしんしんと降る雪の隙間から高速で飛んできた弾丸を、つまんで止めて見せていた。


「俺は、人よりも視力が良い。それに、その動体視力に追随する反射能力や、身体能力全般が人よりも優れているらしい。あと、治癒力というか、回復能力というか、まあ、そういうのも」


 二度、三度と弾丸が放たれるが、そのすべてを勇者は軽々と止めて見せた。


「――貴様、〈腕力の勇者〉ではないなッ!?」

「いまさら気づいたのか、鹿


 勇者はゼファーの目の前にまで悠然と歩み寄り、右手を顔の前で開いてつぶやいた。


「〈発極はっきょく〉」


 直後、ゼファーの体は目に見えない猛烈な力にはじき出され、遠く切り立った崖へと激突した。

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