第4話「この世界に、魔王はもういない」
「この世界に、魔王はいない」
ゼファーは最初にそう告げた。
「まあ、がらくたなりに悪知恵の回る貴様ならもうわかっているのかもしれないがな」
「ああ、おかげさまで、この島にやってきて最初にそれには気づいたよ」
勇者はわざとらしく肩をすくめて答える。
「では、なぜ今も勇者は生まれては死んでいくのか、それについては考えたか?」
ゼファーがにやりと笑った。
――まあ、それとなくはな。
勇者は魔王のいないこの現状を知って、それでもなお各国から勇者が生まれ続ける状況にある一定の見解を持っている。
「〈加護〉だ」
そう、それは加護が関係している。
「魔術とは異なる世界の祝福とも言うべき力。魔術とは異なり術式が存在せず、それゆえに世界の摂理から逸脱している力だ」
勇者は加護についても一定の見解を持っていた。
そしてその見解は今のゼファーの言葉とややズレる部分があるが、魔術と異なる、という点では同じ見方をしている。
「これを国家のために使わずになんとする。我々は求めている。忌まわしき他国の侵略者たちから国家を救済する神の加護を」
「だが加護を持って生まれる勇者は人間だろう。おとなしく言うことを聞くものかな」
「は、懐柔策などいくらでもある。無論、それが懐柔するに足る加護の持ち主であれば、だがな」
その点で勇者の加護は祖国のお眼鏡に適わなかった。だから懐柔すらされることなく、ぞんざいな扱いの末に野に放たれた。
ここまではおおむね勇者の想定していた解答どおりだが、一方でひっかかりを覚える箇所もある。
「俺のような役立たずの勇者を処分するにしては、いささかやり方がおおげさだな」
ふと口元に笑みを浮かべて言った言葉に、ゼファーの表情がわずかに曇った。
「貴様は最初からそうだった。がらくたのくせに妙な機転が利く。まったく忌々しい。かえって無様な加護を持って生まれてよかったのかもしれないな」
懐柔するにしてもさぞ扱いづらかっただろう、とゼファーは付け加えた。
「まだ答えを聞いてないぞ。心配するな、こんな生意気な面をしていても、俺はちゃんと死にかけている」
勇者が弾丸で打ち抜かれた自分の太ももを見ると、当たりどころが悪かったのか絶え間なく血が流れだしている。
わずかに積もりだした雪が、みるみるうちに赤い血で染まっていく。
「……いいだろう。貴様のその余裕がどこで消えるのか見ていってやる」
ゼファーは染み出した血の量を見て意気を持ち直したようで、再び口元に笑みを戻した。
「勇者の召喚には、制限があるんだな」
勇者はたしかめるように訊ねる。
そもそも、好き勝手に勇者を呼べるのであればわざわざ自分の面倒を三か月も見ずに次の勇者を呼べばいい話だ。
そしてこうしてわざわざ自分が死んだことを確かめに来るくらいなら、王城の地下あたりで人知れず殺してしまえばいい。
とっくに知っていたことだが、ここに来るまでの道中、自分を見張るように配下を配置していたのも妙だ。
すべてがまるで、自分をこの地に無事にたどり着かせる必要があったかのように見える。
「そうだ。このどこからともなく加護を持った人間を呼ぶ魔術は、かつて、本当に魔王がいた時代にとある天才によって生み出されたものだという。だが、その天才の倫理観は、世界の危機に瀕してなお常人の枠を逸脱しなかったのだ」
ゼファーは告げた。
「その天才は、自分の生み出した勇者召喚の魔術が『魔王亡きあと』に悪用されることを危惧した。まったく残念なことだ」
あるいは、魔王が存命の時点ですでに悪用していた者もいるかもしれない。勇者は目の前のゼファーを見ながら思った。
「勇者召喚陣は、どこからか加護を持った人間を召喚する。ただし、呼べる人数は一度に一人だけ。召喚した勇者が存命のうちは、機能を停止する。そして――」
ゼファーがまたも「忌々しい」とでも言いたげな顔で続けた。
「召喚された人間が『約束の地』へたどり着く前に死亡すると、その機能を完全に失う」
これが、自分が役立たずと断定されてなお、ここまで生かされた理由。
「その約束の地というのが――」
「そうだ、この場所だ。かつて本物の魔王が居城を構えていた、最果ての島」
勇者の中でいろいろなものがつながる。
血を失いすぎたためか徐々に巡りの悪くなる頭の中で、ゼファーから聞き取った情報を整理し、そして心の中で、ふと閉ざしていた感情があふれ出してくるのを感じた。
「たしかに、その天才魔導士というのはずいぶん回りくどいことをする」
勇者はふと、この勇者召喚陣を生み出したという天才魔導士のことを思った。
悪逆なる魔王を倒し、世界を救済しなければならないという使命感と、勇者なんてものを使わなければどうにもならない現状への無力感。そして、どこからともなく魔王を倒すためだけに呼ばれる勇者への、罪悪感。
実際に会ったこともなければ、その魔導士のせいで自分がこんな状況にいることをわかっていてなお、きっとその魔導士は苦悩していたのだろうと、わずかに同情の念が湧いた。
「昔は、本当に魔王がいたのか」
「文献上はな。ずいぶんと昔の話だ。道理の通らぬ、それこそまさしく加護のような力を持ち、好き勝手に世界を蹂躙していたという。あまりにも常軌を逸した力を持つことから、魔王は〈力の加護〉を持っていたのではないかともいわれている」
「力の……加護」
「その点、貴様の〈腕力〉もその加護の断片のようだがな」
「まあ、一文字加わるだけで効力の違いは甚だしいが」とゼファーは付け加えてわざとらしくため息をついた。
「貴様がかつての魔王と同じ〈力の加護〉を持っていれば、もう少しマシな人生を送れただろうに」
ゼファーが最大限の侮蔑を込めた表情で吐き捨てるように言った。
「そういう……ことだったのですね」
ふと、そこで今まで黙って話を聞いていたシエラが声をあげた。
いつの間にかその手には身の丈ほどの巨大な剣が握られていて、そして目には――涙が浮かんでいた。
「私を送り出してくれた方々が、どうしてあんなにも悲しげな顔をしていたのか、ようやくわかりました」
シエラが身を乗り出し、ゼファーと勇者の間に立つ。
「あの方々は、苦悩していたのですね。勇者を道具としか見ていないあなたたちとは違って、罪悪感と無力感のはざまで」
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