第3話「白雪の遭遇」
「ゆっくり話したいところだけど――」
勇者はあたりを見回す。
「ここは殺風景すぎる」
岩ばかりの荒れ果てた大地。
世界の最北に位置するこの島には、まるで生命の息吹が感じられない。
吹きすさぶ風にはわずかに雪が混じっていて、これから夜を迎えればより厳しい気候になるであろうことを予想させた。
「まずは休める場所を探さないと」
「あ、そうですね! では私が乗ってきた船に戻りましょう。あまり大きくはありませんが、一応、風をしのげる作りにはなっているので」
シエラが提案する。
「あなたもここまで船で来たのですか?」
「そうだよ」
勇者は答える。
「――ただ、たぶん君のほど良い作りではないけど」
◆◆◆
シエラに案内されて島の沿岸部まで歩いていくと、そこには――
「そんな……船が……」
粉々になった船の残骸がむなしく浅瀬の波に揺られていた。
――自然になったものじゃないな。
勇者は船の破片を見て確信する。
たしかに風や波はあるが、破片から推測するにそこそこ大きな船だ。
「申し訳ありません。せっかくここまでついてきてもらったのに……」
「いや、いいよ。それにたぶん、シエラのせいじゃないから」
「え?」
勇者は強風を遮るようにフードを目深にかぶり直す。
――彼らは夜を待つだろうか。それとも……
わずかに暗さが増した空を見上げながら、勇者がひとりごちた――そのときだった。
「っ」
たーん、と。風の音に紛れてどこかで乾いた音が鳴った。
「……ああ、もう来たのか」
勇者の右腕に走った痛み。
見れば、その前腕が小さな弾丸かなにかに打ち抜かれていた。
「大丈夫ですかっ⁉」
遅れてシエラが気づく。
腕から滴り落ちる赤い液体を見た彼女は、とっさに自分のローブの端を破こうとしていた。
「大丈夫」
勇者はそれを無事な左手で制すと、音の下方角を聞き分けて視線を向けた。
上。やや離れた位置にこの沿岸部を見下ろせる崖がある。
「シエラは俺の後ろに」
「で、でも――」
いいから、とまた左手で彼女を自分の背に追いやる。
勇者はその状態で崖のほうへ鋭い視線を向け続けた。
すると、
――よほど趣味が悪いらしい。
崖上から数人、数十人の人影が降りてくるのを見る。
そうして降りてきた人影は、近づいてくるにつれ輪郭をたしかにした。
「久しぶりですね、勇者」
自分たちを取り囲むように半円形に布陣をしいた軍装の男たちの後ろから、一人の身なりの良い男が姿を現す。
勇者はその男に、見覚えがあった。
「旅立ちの日以来でしょうか」
「ああ、そうだね、ゼファー」
勇者が魔王討伐の旅に出るまでの三か月間、その世話役をしていた男だった。
◆◆◆
「その顔は、いろいろとすでにわかっているみたいですね」
長い金の髪を揺らす美丈夫。
祖国の貴族出身で、その身なりと物腰柔らかな口調や態度から城内外で人気があり、公人としても位の高い位置にいる男だった。
ただ、そのすべてが意図して演出されているものであることを、勇者は知っている。
「いや、まだいまいち漠然としているんだ。なんとなくお前が俺の敵であることはわかっているんだけど」
「ははは、あいかわらず辛辣な物言いですね。がらくたが喋っているというだけで虫唾が走るというのに、その物言いがここまで礼儀知らずだと早く壊してしまいたくなります」
このゼファーという世話役の男は、自分の黒い側面を隠すことに長けている。
しかし一方で、相手にそれが見抜かれていると知るや否や、取りつくろった柔和な笑みを崩して悪言を吐くくらいの素直さも持っていた。
「そのわりには慎重な手を取るじゃないか」
勇者は自分の打ち抜かれて右腕をゼファーに見えるように掲げる。
「俺が怖いのか?」
勇者が言った瞬間、ゼファーが手で合図をした。
直後、また乾いた音が崖上から鳴って、今度は勇者の右太ももを弾丸が貫いた。
「口を慎め、がらくた。お前の命は私の手のひらの上にある」
「きれいな面に似つかわしくない表情が出てるぞ」
「跪け」
もう一発。
左の太ももを打ち抜かれ、勇者はがくりと膝から地面に崩れ落ちる。
「忌々しい目だ」
しかしそれでも勇者は膝立ちのままゼファーをまっすぐに見上げた。
口元にはまだ挑発するような笑みがあって、それを見たゼファーが苛立ったように吐き捨てる。
「シエラ、動かないで」
そこで勇者は言った。
それはゼファーに対してではなく、後ろで怒りの形相を浮かべながら『魔法陣』を展開していたシエラへの言葉だった。
「そうだぞ、どこの勇者だか知らないが、ここに送り込まれるような勇者にできることはない。たとえ貴様が魔術を使えようが、ここにいることそのものが貴様らの価値の低さを証明しているのだ」
「冥途の土産にそのへんのことを教えてくれないかな、ゼファー。そうしたくてわざわざここまで来たんだろう?」
勇者はまた挑発的な笑みを口の端に乗せ、告げる。
――そう、この男はそれが楽しみで仕方がない。
「俺がお前の口から真実を聞かされ、絶望する姿を、目に焼き付けていけよ」
この男はただそれが見たいがために、ここに来た。
遠くから脳天を打ち抜くこともできたはずなのに。
ゼファー自身、どうしてあの隕石から自分たちが生き延びているのかわずかに不信に思っているのに。
――本当に、趣味が悪い。
それでもこの男はきっと、我慢ができなかったのだ。
「――いいだろう」
勇者の予想したとおり、そう告げたゼファーの口の端には、隠しきれない残忍な笑みがあった。
だから、勇者は思った。――『馬鹿め』と。
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