第51話

 3日間。これが何かというと私の攻撃回数が増えるのにかかった期間である。


 いや、前に増えた時からかなり経っているしその間も吸血鬼を始めとした魔物や弟子を斬り続けていたので実際には3ヶ月くらいなのだが、人というのはそうやって認識にバイアスをかけて喜ぶ生き物なのである。


 そんなわけで気をよくした私がより一層山籠りをしている間、アリスの方はといえばおおよそ半日狩をして、半日はギルドで待機するような生活をしているらしい。


 というのも、森から流れ出てくる程度の魔物であればそれこそアリス1人で対処できるわけであるが、これまでは城壁を崩されたり死人が出たりとそこそこに被害が出ていたわけであり。


 領主としてもせっかく育てた兵士が死ぬのは仕方ないとはいえ嫌だ、冒険者も他所に行けば左団扇できるだけの実力があるのに死ぬのは嫌だという事で、死人が出ない今の状況は万々歳というわけ。


 そんなわけで『そもそも流れ出ないように減らす』という名目で狩をしつつ、でも街にいていざという時に対応できるようにしてほしい側の要望を踏まえてそうなったらしい。やはり名声とか邪魔なだけだなぁ。


 後は二つ名の方も少々変わり、『孤高の要塞姫』アリスちゃんという事になったらしい。ちゃん付けなのは周囲の冒険者の平均年齢が40〜50はある事と無関係では無いだろう。


 後は士官のお誘いに来た領主直属のおじいちゃん騎士と一騎討ちして危なげなく勝利した挙句『私より強い人としか組みません』的な事を言っただとか、ギルドマスターに直接お呼ばれしただとか、なんやかんやで色々なイベントを起こしているようである。


 というような話を道行く人の噂話だとか飯屋の他人の話などからさわりを聞きつつも、夜中には本人に聞かされて詳しい内容を知るといった日々を送り。


 気がつけば1ヶ月が過ぎた辺りで事件は起きた。


 いつもの通りに拳の雨を浴びながら岩ヘビ君をサンドバックにしている時に、ふと視界の端に違和感を覚えて。なんだろうと周囲を見渡せば、ある方向からもうもうと黒煙が立ち上っているのが見えた。


 それはもう盛大に燃えている城塞都市を見た時には流石にこれはまずいのでは無いかと全力で走り出し、ようやく辿り着いたのはおそらく割とギリギリのタイミングだったのだろう。


 無傷の、いやまぁ外見ではLPギリギリでも割と無傷なのではあるが、そうではなくLP含めてノーダメージの感のある怪物。『羽の生えたトカゲ』などと馬鹿にできる人間はいないであろう圧倒的な存在。


 そんなドラゴンが噛み砕かんとしていた弟子を小脇に抱え……るくらいの気持ちだったのだがちょっと正面衝突するくらいの勢いだったので仕方なくお姫様抱っこの形になりながらも回収して。


「ぁ……え? し、師匠……?」


 周囲の地面の染みや片腕が力無くだらりとぶら下がっている辺り、相当な戦闘があったのだろう。地面の染みになるよりはマシ理論で腕折れるようにする判断とか色々大変だったのだろうなとは思う。


 周囲を見渡せば最早生存者もおらず、崩れて火に呑まれている一画からなんとか街の外まで追い出し……というよりは誘導したのだろう彼らはよほど『英雄』なんだろうなぁなどと思いながら。


「GYAOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」


 『獲物』を横取りした矮小な存在に対してイラつくような態度で、馬鹿でかい咆哮を放つドラゴン。ちょっとまだ遭遇したくない魔物ランキングでも上位の伝説上の存在。


 いや、山頂には居るとか居ないとかみたいな話はあったのだが本当に居るし街まで飛んでくるとか予想不可能なんだよなぁと思いながら一旦弟子を下ろして。


 別に怒っているとか、そういった事はないんだ。ただ単にここまで来てしまった以上は逃げたところで追いかけられて戦う事になりそうだからとか、そういう言い訳が頭に浮かぶ。


 本当に、なんというかアレだ。別に大切な人を傷つけられて怒るだとか、愛の力で覚醒するだとか、そういった事はかけらも存在しないわけであり。


 気が付けば両手に2本、聖なる光を纏った闇と炎の魔法剣。やった事も試した事も無いが、これが『最適解』であるとおそらくシステムさん辺りが教えてくれる。


 ……いや、システムさんは『ちょっと待ってそれ聞いてない』とか言っている感触があるが、煩い黙れと押し通す。ゲームじゃ無いんだから好き勝手出来て良いだろう?


 目の前のドラゴンの鼻っ面に叩きつけた剣は、LPを削るだけでなくそのやたら凶暴な顔に一筋の傷を付け。


「GYAOOOO!?!?」


 少し驚いたのだろう、反射的に振るわれたであろうドラゴンの前足が私に当たり。久々に、本当に久しぶりにLPの減る感触がする。


 私の命に届く怪物。絶対に勝てる保証の無い戦い。私の中の冷静で臆病な部分が『早く殺そうぜ』と言い、冷静じゃない部分が『早く殺そうぜ』という。つまり全会一致というわけだ。


 そもそもターン制ゲームじゃあるまいし、こちらが一回、相手が一回などと誰が決めたのか。システム? 煩い役にたつ部分だけ寄越して都合の悪い部分はカットだカット!


 がむしゃらというには流れるように、素の自分では出来ない動きで剣を叩きつけ続ける。ヘカトンケイルくんだってやってたんだからこのくらい良いだろう。


「!!!!!!!!!」


 至近距離ゆえに最早何を言っているのか分からない大音量。痛みは初めてとでもいうように翼を広げて逃げようとする羽の生えたトカゲ。おいおい逃げるだなんて許すわけないじゃないか。


 飛び上がって翼に向かって剣を振るう。背中に乗り切れろ折れろと執拗に斬り続ければ、切断までは行かずとも力無く垂れ下がり最早飛ぶ事は出来なくなる。


 それでもなおどすんどすんと暴れ回り、噛みつき、引っ掻き、尻尾で叩いてくるドラゴンではあるが、しばらく斬り続ければ次第に体力も失われたのだろう。


 どさりと地に臥した羽の生えたトカゲは、しかし最後の悪あがきとでも言わんばかりにブレスを吐こうとする。その向いた方向は私ではなく街、ひいては未だにぺたんと座っている弟子の方向で。


 決してキレてなどは居ない。そんな情熱的な性格でも無いし、短気でも無ければ怒るとかエネルギーの浪費なだけで無駄だから冷静に解決策を考えるべき派なのである。


 なので至極冷静に。『出来る』ではなく『する』というだけの話であり。振り下ろした剣は刃渡りなど知らぬとばかりにその首を刎ねる。


 LPも尽きたのだろう。頭の側を残し地面の染みになった胴体と、その痕にポツンと残るそこそこの大きさの魔石。え、ちょっと待って頭が残るとか聞いてないんだが?


 少々驚きつつも、それ以上にちょっと剣を持っているのが辛くなってきたのでさっさとしまう。久しぶりに疲れたという感覚を味わいながら、事後どうするかを考える。


「し、し、ししししし」


 なんか少々バグり始めていそうな弟子を見てふと思いつく。全部アリスがやった事にすれば解決では? 幸い目撃者は居な


「「「「「「「「「「!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


 文字にするなら『おー』だろうか。あまりにも歓声が大きくてちょっと良く分からない。きゃーだの口笛だのも混じっていそうなそれは正直ドラゴンの咆哮よりデカいのではないだろうか?


 どこから湧いて出たのかさっぱり分からないのだが、よくよく考えてみればなんだかんだで10分位は戦っていたのかもしれない。それだけあれば人も寄ってくる、か……


 ……さーて、次は何処に夜逃げすれば良いかな???

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