第49話

 王都では街を出て少々離れた程度の場所でやっていた修行だが、このハテーノではそういう訳にもいかなかった。具体的には山脈や森の方角だけでなく全周に対して警戒が厚く、その結果人同士で斬り合いなどしているとすぐに誰かが駆けつけるせいである。


 というわけでしっかりと森の中まで入り込み、難度としては7評価の魔物達に囲まれながらの修行を敢行する事になったのだが。


初日


「師匠! ひぃ! 無理です! 死んじゃいますって! 師匠! 聞いてま! 師匠!!!」


数日後


「師匠! これって! 魔物の方を! 攻撃しちゃ! ダメなんですか! 師匠!」


1週間後


「うわーん! この中で1番怖いのが師匠だって気づいてしまった! 加護を削れるのが師匠だけだもん! 常識がおかしくなる!」


 加護、そうこの世界の人間はLPの事をそう称しているらしい。怪我や傷を受ける事なく、しかし許容量を過ぎればしっぺ返しで地面の染みになる。神なり精霊なりの認識の差はあるようだが、超常の存在の加護だとされているらしい。


 私としては完全にオートというか、そういうものだと認識しているので知らなかったのだが、一応オフにもできるらしい。というか気を抜いているときや危険だと思った時に地面の染みになるよりマシだと怪我をするとかなんとか。


 とかくそんな感じのものを、数値としてではなく何となくの体感で認識していると聞いて驚いたものではあるが。手加減して7発分くらいの加減までは無効化できるようになった弟子に、時折8発分叩き込んでは気合いを入れさせる。


 特に魔法で回復出来るようになったので、木剣程度なら1発分叩き込んだところで致命傷には程遠く。ならばと割と真剣に攻撃するようにしたのはあくまで弟子の成長の為である。


 ついでに攻撃頻度の落ちてきた魔物を地面の染みに変えさせたり、ちょうど良さそうな魔物をあえて魔法で回復したりしながらの生活を続けて1ヶ月。遂にアリスが7連撃を成し遂げる。


 もっと時間がかかると考えていたのか、最初は自分がやった事を一切認識しておらず、私がおぉ〜と思っている間もほぼ無心で延々と剣を振るっていたのだが。


 その日の夕方、レベルアップおめでとう、これで英雄一歩手前だねなどと言ってやると、最初はポカンとし、一瞬怪訝そうな顔を浮かべ、剣を抜いて私に切り掛かった後でようやく理解したのか動きを止め。


「う、嬉しいのに何だか素直に喜べないというか、実感が湧かないんですけど……え? 夢ですか? やだなぁ早く起きて修行しなきゃ……あれ、抓ると痛いな、なんでだろ」


 少々挙動のおかしくなった弟子に、お祝いだと雷のミスリルソードを渡す。正直魔法と属性被ってるし、攻撃力なら光魔法剣≧闇アダマンタイトソード>>>雷ミスリルソードくらいなので痛手はない。


 ついでに言えば弟子の鋼の剣より多少は攻撃力も高そうで属性付きなので、丁度いいプレゼントだろう。木剣と迷ったがこちらは私が熟練度稼ぎで使うので手放したくない。中々これで売っていないのである。


「こ、これって師匠がネメアの獅子やワイバーンを倒すときに使っていたものですよね? え? 詩になるほどの名剣をポンと……」


 ひょっとして知らないところで勝手に名前とか付いてたりする? いやまぁ買取価格で言えば億は行かないだろうけど数千万程度はするだろうし当然と言えば当然なのか……?


「英雄が使っていたというだけで付加価値がすごいですからね師匠! え、私なんかが使っちゃって良いんですか?」


 上位冒険者として考えても、将来英雄を目指してる点で考えても、それだったら丁度良いじゃないかと言ってみれば急に泣き出す。そんな感極まるような事だっただろうか……?


「た、大切に! 大切にしますから!」


 いやもっと良い武器があったらさっさと乗り換えなよとは思うが、それを言ったら私も未だに炎のミスリルソード下げっぱなしだったと考える。鉄の剣? あぁ、アレは売った。完全に下位互換みたいなもんだったし……


 買い叩かれたけどプレミアが付くならもう少し高く売れたのでは……などと思うが今となっては手遅れ。まぁ上がったところで端金だろうと自分を納得させつつ、泣いているアリスをあやしながら宿に帰る。


 魔石とかの換金は明日でいいかと思いつつ、明日1人で行動するように言う。


「明日1人で行動ですか。ひょっとしてまた明日のうちに何かして明後日から1ヶ月でレベルが上がるまで修行ですか? また常識壊されちゃうなぁえへへ」


 ……? 今確実に認識の齟齬があったな?


「そういえば夕食はお祝いでまたちょっと豪華なお店にしますか? 師匠が魔石を私が換金しろ〜とか少しは持っておけ〜っていうお陰でお金の心配もありませんし!」


 いやまぁ食事は別に良い店に行っても良いんだが、明日休みとかの話じゃなくてこれからしばらく1人で森の魔物を狩っててねという話なんだが?


 と正しく情報を伝えたところで、先ほどまでるんるん笑顔だったアリスが急に真顔になる。泣いたり笑ったり急にすとんと感情抜け落ちたり師匠としては少々弟子の情緒が心配になる。


 いや、気がついてしまったのだ。ひょっとして弟子というのはサンドバッ……修行相手に向かないのではないかという事実に。


 具体的には攻撃する相手のステータスが熟練度上げに影響を与えるとして、ステータスを上げるにはそのステータス程度はある魔物を倒さなければいけない。つまりそれだったら最初からその魔物を相手にしている方が効率的。


 数字で言えば攻撃回数を13回に上げるんだったらステータスが130、あるいはもっと上の魔物を相手にするのが効率的であり、私が60程度な事を考えればアリスにそれを求めるのは酷というもの。


 いや、カンストが99で装備で人間だけ100を超えますとかだったら最終的なサンドバッ……修行相手は人間が必要になってくる……そういう説があるのは確かだ。


 なのでとりあえずは私が山脈の更に奥地へと行きステータスや熟練度を稼ぎ、アリスは一旦上がった攻撃回数と回避回数を活かしてある程度基礎能力、ステータスを上げるべく魔物を数狩るのが良いという話だ。


 ……ったのだが、


「師匠? 少し考え直しませんか? 確かに上級冒険者にはなれましたけど私もっと強くなりたいというか、まだまだもっと師匠に、ついて行きたいと、いうか、も、もっとがんばっ、がんばりますから、す、捨てないで下さい〜!」


 この後めちゃくちゃ説得した。

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