第1話
『我思う、故に我あり』とは誰の言葉だったろうか。まぁそもそも対して意味を知っているわけでもなく、なんだか哲学者の何かだったなぁ程度の記憶である。ただ思春期にありがちな『自分ってなんだろう』的なやつの1つの回答なんじゃなかろうか?
そう。『自分ってなんだろう』である。例えば己の肉体こそが自分であるという考え方もあるだろうし、記憶こそが自分を作るのだとする考え方もあるだろう。あるいは精神や魂といった抽象的なものをして『自分』を定義するかもしれない。
じゃあ事故で何処かを欠損すれば『自分』ではなくなるのかとか、記憶喪失なら『自分』ではなくなるのかとかいう話もあるし、それぞれ外から見れば「貴方は貴方」となるのだろう。
『安いもんさ、腕の一本位』だとか、『記憶がなくても君は大切な人だよ』だとか。記号としては変化するものの、周囲からの認識は大きくは変わらない。
まぁ本人が記憶喪失になっても他者の相手に対する記憶は残っているのだから、ある意味で肉体と記憶が揃っているのかもしれないが、まぁそこは置いておこう。結局肉体も記憶も大事だというわけだ。
精神だの魂だのといった観測し難いものは置いておくとして。前置きが長くなったが、つまり突然『自分だと認識していた肉体ではないモノ、それまでの記憶と整合の取れない場所にいる上で自分とはなんだろう』というわけだ。
サブカルチャー、と呼ばれる分野を嗜んでいた『自分の記憶』は異世界転生だの、異世界転移だの、いや謎の青年の肉体故に憑依というやつかもしれないと宣うが、命を落とした記憶も無ければこの肉体の記憶もなく、また『元の肉体の意識』、ないしその残滓のようなものは感じない始末。
まして神やそれに類する超越的存在に遭遇した記憶も無ければ謎の光や魔法陣、空間の歪み等々に遭遇した記憶もなく、ただ瞬きした次の瞬間にこうもなれば軽いパニックになり自分探しの1つでも始めるだろう。
幸いにして右も左もわからぬ深い森の中に1人、というわけではなく、道のようなものがありその先に石造りの壁で囲まれた街のようなものがあるという状況であり。
つまり良くある入り口の検問なりなんなりを超えてしまえばこの世界、ないしこの地方か国の文明に触れる事は出来るわけだ。まぁそうするためには『自分ってなんだろう』の答えが必要になるだろうが。
とりあえず現状、手掛かりとなる持ち物を列挙してみれば『たびびとのふく』と言わんばかりの衣服、簡素な背負い袋、腰のベルトに小さなポーチとナイフ、木剣のようにも見えなくない石突付きの杖。以上である。軽装にも程がなかろうか?
更に手掛かりを求めて背負い袋を漁ってみれば、衣類の予備が一式、相当に焼き締められていそうなパンのようなもの、液体の入っている皮袋、ちゃりちゃりと音を立てる小袋、そして文字の刻まれた木札が一枚であった。
ポーチの方にはちょっとした小道具や火打石程度のものしか入っておらず、唯一の手掛かりである木札といえば片面に『紹介状』、もう片面に『ヘンピーナ村長』と刻まれただけのものであった。以上、終わり。
終わっている場合ではないものの、分かったことといえば『自分』がヘンピーナ村という所出身なのだろうという事と、見た事のない記号のような文字が読めるし、恐らく書けるだろうという事だけである。
全く知らない知識が脳内に存在するという不気味さは、しかし『元の肉体の記憶ではない』という謎の確信と共に恐怖を感じさせてくるが、まぁ少なくともメリットではあるが故に一旦置いておこう。
少なくとも自分の名前さえ分からない事と、恐らく行商であったり狩人のような存在ではないのだろう事はわかったのだ。一歩前進である。そう思わなければやっていけない。
どの程度の距離を旅してきたとか、そういった事が一切分からぬ以上推理でしか無いが、動かすにしても何故か違和感のないものの確実に『別の肉体である』とわかるこの身体と荷物から考えるに、恐らくは出稼ぎか何かなのだろう。
文明レベルや文化がわからぬ以上当て推量になるが、紹介状をコミュニティの長に貰える程度には恵まれていて、かつコミュニティから居なくなっても困らない身分、かつ青年程度といった労働真っ盛りの年齢から考えればそうだろうと思う。本当に情報が足りない。
せめて名前でも、と思った所で『自分の記憶』はこんな状況からでも入れる保険……ではなく、テンプレートな展開を思い出す。己の社会的地位や身分を示す魔法の言葉。そう、ステータスである。
思いついてみれば単純な話。なんとか見えろと期待を込めて念じてみれば、音もなく脳裏に浮かび上がる情報の羅列。
名前:( )
性別:男
年齢:14
LP:100/100
MP:100/100
筋力:10/11
体力:15/16
技量:10/10
俊敏:12/13
魔力:8/8
知力:15/19
教養:150
……おまえふっざけんなよまじでぇ!!!
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