夕方が近づき、俺たちは海の家で休んでいて、並木は相変わらず、グースカ寝ている。そのポロシャツには、スイカを割った時の飛沫が未だに飛び散っていた。

「並木くん、疲れてたのかな」

 そう言うのは藤本。

「どうだろう」

 俺は曖昧に応じる。並木はマイペースな奴で、今まで慌てたり努力したりしている様子を見たことがない。

「おらっ並木、帰るぞ」

 そう言って俺は、並木の顔から、上にかけていた手拭いを剥ぎ取った。


「……え?」

 俺たちの間に、奇妙な沈黙が流れる。


 そこに、並木の顔はなかった。

 代わりにそこにあったのは、黒光りする大きなスイカ。海の家に入った時に見た、確かにあのスイカだ。

 並木の首から下と、スイカの頭。

 それは、あたかも自然な生命体のように、ぴったりと隙間なく接続されていた。

 俺は必死で思い返す。

 スイカ割りの後、手拭いを顔から外した後の並木。俺は、その顔を見ただろうか。

 海の家で休むと言った並木の言葉、その声を俺は聞いただろうか

 その時の俺の頭には、奇妙な想像、妄想が浮かんでいた。


 この海水浴場は。

 人間に無残に割られたスイカたちがそれを恨んで、復讐のために作り上げた、罠ではないのか?


「あ……え……」

 声を上げたのは山田だ。今にも死にそうな喘ぎ声と、そう言って良かった。

「どうした??」と、これは荒垣。

「……私たちが、食べたのって」


 俺たちが、この海の家で見たスイカは一個だけだった。それは今、並木の頭になっている。


 その赤い果肉、滴り落ちる汁。

 並木のポロシャツに、飛び散った飛沫。

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