まず女子が海の家の中で水着に着替え、それから俺たちが着替える。並木は水着に着替える代わりに、スイカ割りの準備をすると言って、俺たちと一緒には入らなかった。俺たちと入れ違いで外に出てきた女子が気がついた時には、既にスイカは砂浜に設置されていたという。どうやら、いつの間にか並木が準備してくれていたようだった。

「こんな暑い砂浜で、スイカ、煮えないかな」

「並木、マジでどこ行ったんだ。何やってんだよあいつ」

 とかなんとか、俺たちは言い合っていた。それでも数分ほどして、並木は戻ってきたのだった。


「……並木くん?」

 最初に訝しんだのは藤本。その声に釣られて、俺は改めて、並木の姿を見る。

 並木は手ぬぐいを、目の周りに巻くのではなくて、顔の全てを覆っていた。しかも、よく見るとその手ぬぐいは古いもののようで、薄く茶色のシミが浮かんでいるようにすら見える。

 そして、その手には木刀を握りしめている。

 これだけなら、手ぬぐいの使い方がおかしいというだけかもしれない。だが、それだけではない、奇妙な異様さが、このときの並木にはあったのだ。

 肩を上下させた荒い息、その全身から発する殺気。

 並木は奇声を上げた。


 これが冒頭に述べた、現在に至るまでの状況だった。

 とにかく、現在に話を戻そう。

 どうやら並木は前が見えないらしく、滅多やたらに木刀を振り回している。


「おい、こっちだ並木!」

 俺は声を掛ける。するとこちらに並木は向き直る。

「そうだそこだ、足元だ!」

 そこで、荒垣が並木の腰に抱きつき、その足を止める。最もこれは、スイカ割りとしては反則かもしれなかったが。

 やがて、どこにスイカがあるか、並木にも理解できたようだ。


「ウオアアアアアアアア!!」

 再びの奇声、そして、豪快な破裂音。


 スイカが割れた後も並木は木刀で何度も叩こうとしていたが、食えなくなると言って止めて、俺たちはスイカにありつくことができた。


 スイカは美味かった。

 その赤い果肉、滴り落ちる汁。


 この海岸には売店がないことが心配だったが、どうやらこのスイカ一つで十分、みんなの腹は満たされたようだ。

 それから波打ち際ではしゃいだり、ちょっと深いところまで進んでいったり。本格的に泳ごうとはしなかったのは、この海岸には監視員がいなくて、万が一溺れても助けてくれる人はいないからだ。

 並木はそれには加わらなかった。スイカ割りだけで疲れ切ったらしく、手拭いをほどくと、海の家で休むと言って引っ込んでしまった。それから、ずっと大の字になって、畳の上で横たわっていたようだ。

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