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海の家らしきその施設だったが、看板はなく、粗末な板張りの壁で囲まれた中は畳張りの広い空間が広がっているだけだった。ただ、かろうじて更衣室に使えそうな仕切りがあるようだ。
「ええ……」
萎えた顔をしたのは荒垣だけ。女子二人は面白そうに中を覗いていて、また並木は嬉しそうに声を上げるのだ。
「おい、これ見ろよ!」
並木の指差す先に、それがあった。
大きくて重そうな、艶めいて黒っぽいスイカが一玉。
その傍らには、手ぬぐいと、それから木刀。
「スイカ割り専門の海水浴場?」
俺は首を傾げる。確かここに入る前の看板にも、割れたスイカが描かれていた。
「金は払わなくていいのか?」
「あれに入れるんじゃない?」
尋ねる荒垣に、柱の方を指差す並木。
そこには木製の貯金箱のようなものが括り付けられ、取り外したり開けたりできないように、南京錠で施錠されていた。
「じゃあいいのか。無人販売所みたいなもの?」
ようやく、疑り深い荒垣も納得したようだった。
「ここでいい、瀬島くん?」
再び藤本が俺に尋ねる。
「ううん……」
俺は、少しだけ考えた。
ここには、ビールや焼きそばみたいな、普通の売店はない。飯の調達は難しいかもしれない。だが、免許を取ってから日が浅い俺はそろそろ運転に疲れ切っていた。高速を降りたことで渋滞から逃れたものの、距離的には遠回りになっていて、まだ目的地の海水浴までは三十分以上かかる。そこまで辿り着いたところで、また人でごった返す海水浴場で海の家の行列に並んで、たっかい飯を買うのも面倒だ。
つまりこの時の俺を支配していたのは、疲労感だった。そのため、一つ見落としていたことがあったのだ。
そこには貯金箱はあっても、いくら入れればいいという値札はなかった。あるいは、色褪せていて見落としたのか。結局誰がいつ、いくら入れたのか、俺は記憶していない。
とにかく俺たちは何かに導かれるままに、ここで海水浴とスイカ割りをする決断をしてしまったということだ。
「……それから並木」
「何?」
「スイカ割りはお前がやれよ。ここまでグースカ寝て、元気が有り余っているんだろうからな」
俺は、嫌味ったらしく付け加えた。
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