5-17 不可視 ★視点変更あり
聖魔法の白い光が、館中を優しく柔らかく包み込んだそのとき――、
「うぐっ!」
玄関付近から、小さな苦悶の声が聞こえてきた。
「……今のは?」
「シナモンか?」
魔女の両脇に控えていた見知らぬ騎士二人が、顔を見合わせる。
そういえば、玄関扉で控えていたシナモン様は、リビングに顔を出していなかった。
「……見てきてくれるか」
「はっ」
伯爵が眉を顰め、魔女の傍らの騎士に命じると、彼はリビングの入り口へ歩いて行く。
入り口にかけられた布を持ち上げ、玄関にいるはずのシナモン様に声をかけた。
「おい、どうした? 何かあったか?」
騎士が声をかけるが、シナモン様の返答はない。
「シナモン? どこだ?」
リビングから見渡してもシナモン様の姿が見えなかったらしく、彼は、布をくぐって向こう側へ入って行こうとする。
――胸がざわざわする。何かあったのだろうか。
「待って! ……もしかして」
私はそのとき、はたと気がついた。
私の制止を受けて、騎士は布を持ち上げたまま、その場で動きを止めた。
皆が私に注目する中、私は声を張り上げた。
「気をつけて! 見えないけれど、何かいます!」
館の入り口をくぐったときに感じた、肌を粟立たせるような悪寒を思い出し、私は警告をした。
全員にぴりりとした緊張感が走る。
「まさか、魔族か?」
「そうかもしれません。――ああ、私ったら、どうして気付かなかったのかしら。あのとき……舞踏会のときも、魔族本人からは靄が見えなかったのです」
ガードナー侯爵の真っ黒な靄に目が行ってしまって気付かなかったが、一緒にいた従者の男……彼は紅い目と浅黒い肌をしていた。リリー嬢の証言した、『紅い目の男』の容貌と合致する。
彼は黒い靄に覆われていなかったし、会場に『魔力酔い』を引き起こした闇魔法が発せられたとき、元を辿っても男の姿は影も形も見えなかったのだ。
「そういえば、報告書にあったな。奴は、姿を消す魔法を操っていたと」
「ええ、父上。エヴァンズ子爵家の執事が、証言してくれました……奴は、闇に溶けるように姿を消したと。――つまり、ウロボロスが解除された瞬間に、奴は姿を消して、この館の中に入り込んでいた……?」
「そういうことかもしれんな。……なるほど、結界を維持しながらの戦闘か」
「この状況を狙っていたのですね」
死の山の噴火から館を守るために、騎士たちは結界を張っている。
その結界を維持しながら、他の魔法を操って戦うのは、かなり厳しいだろう。
戦闘の手を抜けば、魔族にやられる。
結界の手を抜けば、噴火で館が燃え落ちる。
――魔族は、この瞬間を狙っていたのだ。
どちらに転んでも、魔族の目的は達成されてしまう。
「シナモンの安否を確認したいところだが、とにかく、守りを固めるのが先決だ。ミア嬢、結界の強度を上げられるか?」
「範囲を狭めれば、可能です」
「よし。ならば、魔女殿を中心に強度の高い結界を張ってくれ。全員、一旦部屋の中央へ集合!」
騎士たちが皆、魔女と私の周りに集まってくる。
私は結界の範囲を狭め、かわりに強度を上げていく。
最終的に、リビングの中心部だけが結界で覆われた。
「さて……ならば次は……」
伯爵が次の指示を出そうとしたそのとき。
リビングの外から、何かを引きずるような音と、コツコツと石床を踏む、靴の音が聞こえてきたのだった。
◇◆◇
一方その頃。
魔法騎士団、守護を司るテーラ隊の隊長が率いる、聖女たちの集団だが――。
「敵襲! 敵襲!」
夜間ということで、交代で休息をとっていた彼らだが、野原に設営された大規模なキャンプには、けたたましい警告音が鳴り響いていた。
「何事だ! 敵の詳細と状況は!?」
警告音が鳴ってすぐに、テーラ隊の隊長をはじめとした部隊の指揮官たちが、ひときわ大きな天幕に集合する。部下の一人が、ただちに状況を報告した。
「敵の正体は不明、人数も不明! 負傷者が数名! 神殿騎士たちと聖女たちで結界を強化、治療を開始しています!」
「私が先程外で警戒に当たっていたときは、敵の姿など全く見えなかったぞ。結界にも不備はなかったはず。敵はどこから攻めてきているんだ?」
「どうやら、結界外の超遠距離から矢を射かけているようです!」
「結界外からだと? かなりの距離があるぞ? それに、まだ夜も明けないというのに、この暗闇の中どうやって狙いをつけているんだ?」
「しかも、ここは高い建物もない開けた野原だ。高さの優位もなく、外から結界内に矢を届かせるなど」
「そもそも、普通の弓矢で我々の強固な防御結界を破るなど、考えられん」
「とにかく、結界はすでに強化したのだろう? それでも敵の攻撃を防げないのならば、次は――」
指揮官たちが論を交わし合い、慌ただしく部下に指示を出していく中、一人の聖女が天幕に飛び込んできた。
「隊長さん、大変よ! 魔法騎士さんの受けた矢なんだけど、呪いが込められているの! それも、とびっきり強力なやつ」
「呪いの矢だと……!?」
「だから、魔法騎士さんの結界だけじゃ防げなかったの! 私たちも急いで結界を張ったから、ある程度は被害を減らせると思うけど、長くは持たないわ!」
「隊長ー!」
続けて、また別の騎士が天幕に入ってきた。
騎士は慌ててきたのだろう、ぜえぜえと肩で息をしている。
「今度はどうした!」
「敵の正体が判明しました! 敵は、半人半馬の魔獣です! 人数は三人……いや、三頭?」
「数え方などどうでもいい! そいつらが矢を射かけているのか?」
「そうです! 強靭な足腰で、自由自在に我々の周囲を駆け回って矢を撃ってきます! 非常に素早いため物理攻撃は届かず、魔法攻撃も上手く当てることができません」
「くそっ、厄介だな」
「隊長、ご指示を!」
「――どこかへ罠を作って追い込み、各個撃破するしかないだろう。副隊長は地形を確認、使えそうな罠を早急に用意。私は一度、前に出て状況を確認する!」
隊長は立て掛けてあった自らの愛槍を無造作に掴むと、天幕から飛び出す。
各部隊の指揮官たちも、半数が天幕に残り、半数が隊長の後に続いたのだった。
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