5-16 緊張



 魔女の館のリビングは、以前来たときよりもかなり広くなっていた。

 改修されたわけではなく、魔法による一時的な拡張なのだそうだ。

 聖女たちが大人数で館に来ることを想定して、部屋を広くしておいたと事前に連絡を受けていた。

 寝具等は用意されていないから、だだっ広いだけではあるが。


 リビングの中央では、石のスツールに腰掛ける魔女を守るように、両脇に見知らぬ魔法騎士が控えていた。

 魔女の正面、もう一脚のスツールに腰掛けているのは、黒髪をピシッと固めた魔法騎士だ。

 この後ろ姿は――、


「来たか。予定より早かったな」


「父上、ご無事で何よりです」


 ――魔法騎士団の現団長であり、ウィル様の父親。オースティン伯爵だった。


「ああ。お前たちも無事のようで良かった」


 オースティン伯爵は、立ち上がって振り返る。

 ウィル様よりも濃い緑色の瞳で私たちを交互に見ると、疲れを感じさせない顔で頷いた。


「――団長!」


 奥の部屋から声が聞こえ、声を追いかけるようにして、白い騎士服を着た神殿騎士が姿を現した。緑の髪と薄褐色の瞳、かつてステラ様の護衛騎士を務めていた男性、クロム様だ。

 彼も水竜の湖に待機していたはずだ。魔女からの緊急連絡を受け、水竜の背に乗って、伯爵たちと共にこの館まで来ていたのだろう。


「聖獣たちの退避完了まで、あと十分ほどかかりそうです」


「そうか。なら、今のうちに情報共有をしておこう。クロム殿は、そのまま外の様子を確認していてくれ」


「はっ」


 クロム様は騎士の礼をして、奥の部屋に戻る。

 奥の部屋には窓がある。どうやら、そこから外の様子を見ていたようだ。


「ウィル。他の聖女たちは、いつ頃到着する予定だ?」


「本来であれば、あと五日程度の予定でしたが……」


「……噴火で地形が変化し、道が閉ざされてしまう可能性がある、ということだな」


「ええ。ただでさえ旅にも、登山にも不慣れですし」


「ふむ」


 伯爵は、ウィル様が考え事をするときとよく似た仕草で、顎に手を当てた。

 会話が止まると、ゴオオという地響きが、遠くから聞こえてくる。やはり、不安になる音だ。


「こちらの状況だが、見ての通り、魔女殿にも我々にもダメージはない。ただ、魔力も体力も消耗している。保管してあった魔法石も、大方使い切ってしまった」


「水竜とクロムが折に触れて魔法石を持ってきてくれていたから、傷を癒やしたり、魔力を補充したりするのに役立ったのじゃ。だから、目に見えて大きな被害はないじゃろう?」


 伯爵の簡潔な説明に、魔女が可愛らしい声で付け加えた。続けて、伯爵は私の方を向く。


「魔女の館を中心に、守る戦いを展開していた我々に比べて、積極的に敵を狩りに行っていた聖獣たちの方が消耗が激しい」


「じゃから、聖女ミアよ。噴火が収まったら、彼らを癒やしてやってほしいのじゃ。一人でやるにはかなり重労働になるがの」


「承知致しました。頑張ってみますわ」


 私がそう返答すると、伯爵も魔女も、満足そうに頷いた。

 しかし、オースティン伯爵は、再び難しい表情をしてウィル様に向き合う。


「――魔獣は次々と襲ってくるものの、魔族は、いまだ姿を見せていない。もしかしたら、この噴火自体が奴の仕掛けた罠の一つかもしれんな」


「天竜殿たちが魔獣の討伐に手を焼いている隙に、自然災害を利用して、魔女殿をどうにかしようとした――ということでしょうか」


 ウィル様は、すぐに伯爵の言わんとすることを理解し、尋ね返した。

 伯爵も、顎に手を当てたまま頷く。


「その可能性はある。魔獣を囮にして、助っ人として控えていた我々や、聖獣たちも巻き込もうと考えたのかもしれんな」


「そうかもしれませんね」


 ウィル様が納得したように相づちをうった。


 ――魔獣が、囮。

 私は思わずしゃがみ込んで、私の足元、左右でそれぞれお座りしていたオルとルトを、ぎゅっと抱きしめた。


「ひどい……魔獣は、魔族の仲間なのではないの……?」


『おかーさん……悲しまないで』


『あたしたちは、魔族の道具にすぎないの』


『ぼくたちは、道具として生まれて、道具として使われるだけの存在なんだ』


「オル……ルト……」


 ――道具として、利用するだけ利用する。

 それを聞いて、私は、かつての教会の聖女たちのことを思い浮かべていた。魔族は、人も獣も、平気で物のように扱う。


「――ミア」


 顔をしかめる私の肩に、腰をかがめたウィル様が、そっと手を置いた。優しい新緑色のまなざしが、私をいたわるように見つめている。


「優しいミアにとっては苦しいことだと思うけど、全てを救うことはできないよ」


「……ええ。わかっています」


 そう。ちゃんと、わかっている。

 全ての魔獣を呪いから解放することなど、できっこないということは。

 ただ――彼らの意思を無視して呪いで操り、平気で利用し傷つける、魔族のことが許せない。


 ウィル様は、私の肩から手を離すと、再び伯爵と話をし始めた。


「それで、父上。罠の一つ、とおっしゃいましたが、他にも罠が仕掛けられているとお考えで?」


「ああ。奴とて、この程度で魔女殿を傷つけられるとは思っていないだろう。魔獣の襲撃も噴火も罠の一つに過ぎず、今後、何かしら仕掛けてくる可能性が高いと踏んでいる」


「――警戒を怠るなということですね」


「ああ。ウィルも、皆も、気を抜くなよ」


 伯爵とウィル様、二人の声が、すうっと一段低くなる。同時に、騎士たちの間で緊張感が高まったのが、肌で感じられたのだった。


 ちょうどそのとき、奥の部屋から、外の様子を探っていたクロム様が戻ってくる。


「避難完了です! ウロボロスが閉じました!」


「そうか。では、各自結界魔法の詠唱に入れ!」


「はっ!」


 伯爵が良く通る渋い声で指令を出すと、クロム様とウィル様と、魔女の両脇に立っていた二人の騎士が、魔力を練り始める。

 そして、一斉に各属性の結界魔法を詠唱し始めた。


 私もその場に立ち上がって、彼らにならって詠唱を開始する。

 唱えるのは、浄化の効果を持つ聖魔法の結界だ。

 火砕流や火山灰は防げないが、毒ガスや悪しき者の侵入を妨げることができる。


「皆の者、すまぬな。死の山は、こうして数年に一度噴火するのじゃ。普段は天竜から魔力を借りて、わらわが結界を張るのじゃが、今日は奴も忙しくしとるでの……皆、頼んだのじゃ」


 魔女は、申し訳なさそうにそう話す。

 そうしている間にも、騎士たちは結界を張り終わったようだ。

 最後に私の魔法も完成し――、


「――『神聖結界ホーリー・バリア』!」


 白い光が、私の身体から円形に放たれた。

 魔女の館だけではなく、逃げ込んできた聖獣たちも守るため、地竜のウロボロス内全体に結界を張っていく。


 聖なる白光は、リビングを、館を優しく柔らかく包み込んで――、


「うぐっ!」


 ――玄関付近から、くぐもった小さな呻き声が聞こえてきたのだった。

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