5-15 鳴動



 魔獣と聖獣が乱闘している戦場を抜け、私たちは灰の森に到達していた。

 途中、魔獣には何度か襲われたものの、聖獣たちには一度も襲われなかった。

 双頭犬の上に、私たちが乗っていたからだろう。聖獣たちは、ちゃんと私たちを味方と認識してくれているようだ。


「黒雲は館の真上にあるな……皆は、魔女の館の中にいるのか?」


『そうかも』


『もう少し近づいてみるよ』


 双頭犬は、そのまま灰の森へと近づいていく。まもなく地竜の縄張りに入るというところで、私は強い違和感を感じた。


「……変だな」


 それは、ウィル様も同じだったようだ。固い声で、ぽつりと呟いた。


「ええ……何かはわからないけれど、先程から嫌な感じがします」


「ああ。何だろうな。腹の底から響いてくるような、この揺れは」


 ウィル様の言う通り、ぞわぞわと肌を粟立たせる悪寒のような感覚が、大地と空気のざわめきが、どんどん強くなっていく。

 すると、急に、私の腕の中でブランがじたばたと暴れはじめた。


「きゅ、きゅう、ぷううう!」


「きゃっ、どうしたの、ブラン! 暴れると危ないわよ!」


「え? 何だって? 大地がどうした……、っ!?」


 突然、地面が大きくうねるように揺れた。

 耳の奥を揺らす、低い地鳴りが、どんどん大きくなっていく。


「――大地が、鳴動している?」


 ゴゴゴゴゴ、と低く長く、大地が揺れて音を鳴らしている。

 魔獣たちと聖獣たちとの戦いで気がつかなかったが、ずっと鳴っていたのだろう。

 地面が揺れているように感じたのも、戦闘のせいではなかったようだ。


「この地鳴りは……?」


『大変だ、山が火を噴くよ!』


『大変だ、急いで逃げないと!』


「――まさか、死の山が噴火するの!?」


 オルとルトも、ブランに続いて慌て始める。

 山の頂上付近を見ると、まだマグマが流れたり爆発したりする様子はないものの、噴火口からかなり激しく煙を吐き出していた。


『どっちに逃げればいい!?』


『山を下りた方がいいんじゃない!?』


「駄目よ! 今、山を下りたら、魔女様や騎士様たちはどうなるの?」


「しかし、この鳴動……もう長く保たなそうだぞ!」


「でも……っ」


「――皆さん! 急いで私の結界内にお入りなさい!」


 私たちが方針を決めかねておろおろしていると、凜とした女性の声が、耳に届いた。

 落ち着いた、大人の女性のような声――声の主は、魔女の館を守る、白銀の地竜だ。

 夜闇の中でも煌めく白銀の尻尾から口を離し、ウロボロスを解除している。地竜は、金色の双眼で、私たちを見据えていた。


「地竜様!」


「早く! ウロボロスの中であれば、私の結界と、人間たちの結界で、凌げます!」


「わかりました! オル、ルト」


『オッケー!』


『りょうかいっ』


 双頭犬に乗った私たちが地竜の輪の中に入ると、それに続いて、外で戦っていた聖獣たちも次々となだれこんでくる。

 それを追って中に入ろうとする魔獣もいたが、狙い撃ったように黄色い雷光が射貫き、あるいは爆風で吹き飛ばされていった。

 上空には、ゴロゴロと音を立てる黒雲が広がっている。雷光に照らされ、闇に溶ける漆黒の巨体が、滑るように空を舞っているのが見えた。


「――天竜様!」


「聖獣たちの避難が済み次第、輪を閉じます。貴方たちは館の中へ!」


「わかった! 地竜殿、天竜殿、感謝する!」


 そうして、私たちは、魔女の館の扉を叩いた。オルとルトも、双頭犬から子犬の姿へ戻っている。


「魔女殿、ご無事ですか!?」


 ウィル様が扉の外から声をかけると、中から扉がスッと開く。

 顔を出したのは、紫色の髪と瞳の女性騎士、シナモン様だった。その瞳は、警戒するように鋭く細まっていたが、私たちの顔を見てホッとしたように少し緩む。


「ウィリアム! ミア嬢! 来てくれたんだな。とにかく、中へ」


 シナモン様が大きく扉を開いて、私たちを中に招き入れる。

 ――そのとき。


「……っ!?」


 ぞわり。

 今までにないほどの、とてつもない悪寒が、私の肌を撫で、一気に身体を駆け抜けていった。


「ミア、どうしたの? 立ち止まったりして」


 ウィル様やブラン、オル、ルトも、シナモン様も、不思議そうな顔をして私を見ている。

 私は慌てて辺りを見渡すが、黒い靄も見えないし、何もおかしな物は見当たらなかった。

 悪寒があったのもほんの一瞬だったし、もう、嫌な感覚は消えている。

 ――どうやら、私の気のせいだったようだ。


「……いえ……何でもありませんわ」


「なら、早く入ってくれ。もう少ししたら、噴火をやり過ごすために、この館を中心に防護結界を張るから」


「ああ、わかった。俺も協力しよう」


「助かるよ」


 私たちが館に入ると、シナモン様は扉を閉め、片腕を差し出して、布で仕切られたリビングへ向かうよう示した。

 ウィル様とブランも、急ぎリビングへと向かっていく。


 私はもう一度、玄関を見渡す。

 ――やはり、何の違和感もない。


「先程からどうしたんだ、ミア嬢」


「あ……いえ、何でも……」


 玄関扉を守るように控えているシナモン様が、訝しげな顔をして尋ねた。

 私は微笑んで誤魔化すと、ウィル様の後に続いてリビングへと向かう。


『おかーさん、どうしたの?』


『疲れちゃった?』


「……そうかもしれないわね」


 私はひとつため息をついて、心配そうにしているオルとルトに、小さく返答したのだった。

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